ロジックを創業し、順風満帆だった吉安さん。しかし、手放してはいけないものを手放して、キラキラしていた組織に陰が・・・。
今だからこそ理解できる、その時の社員の気持ち、状況。さて、どうすればよかったのか?
Logic Architecture(株式会社ロジック)創業者・吉安孝幸さんのロングインタビュー後編をお届けします。
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吉安孝幸(よしやすたかゆき)
Logic Architecture 創業者
株式会社lhアーキテクチャ 代表取締役会長
建築家との協業や若手設計士の育成により、高いデザイン性のプロダクトを量産する試みを行い、創業以来10年間でおよそ1000棟の住宅を手掛ける。創業10年を節目に事業を手放して、現在は地域ビルダーのブランド化の支援今後はアフターデジタルの社会を見据えた新しい建築ビジネスを関東を拠点に展開している。
吉安:「進化型の組織を作りたい」と私が言い出したときの話です。いち早く実践していた先輩経営者に相談したことがありました。すると、次のように忠告されました。「吉安さんは、フラットな組織を作りたいって言っているけど、みんなは吉安さんのことをカリスマだと思っていて、そこに、みんなの恐れがあると思う。これは、どうにかしたほうが良いのでは」と。当時は意味がわからなかったんですが、今振り返ると、「なるほど」です。
坂東:職人さんとの関係に代表される吉安さんのカリスマ性、今思うと、どう扱えば良かったと思いますか?
吉安:それを抑えることができていなかったので、抑えたほうが良かったのか。でも、抑える必要は、あったのかな? 自分でもわかりません。
吉安:ティール組織に代表されるような進化型組織において、経営者の役割ってなんですかね。
坂東:文化を維持することが経営者の重要な役割の一つであるとされていますよね。
場をホールドする、というか。どう感じますか?
吉安:文化ね。それは私が言いそうなことだ。笑
ロジックには以前、私の“右腕”のようなメンバーがいました。彼らから社内へ向け、ロジックの文化を発信してもらったり、そういう場を維持してもらったりしても、やっぱりちょっと違うのかもしれません。
Q:「違うのかも」とは、何が?
吉安:伝わりかたです。以前、“右腕”メンバーから相談を受けたことがありました。
「全然、伝わりませんよ。社長(吉安さん)が言うように言っていますけど、ぜんぜん(社員に)響かないんですよね」
少なくともロジックにおいて、企業文化を伝える役割は、私がやるべきだったんでしょうね。
坂東:話を戻します。施工管理のメンバーが一斉に辞めてから、新体制を発表するために業者を集めた。しかし、債権者集会のような雰囲気になり、「ロジックあぶないぞ」と噂がたった。若手を現場に投入し、システマティックに現場を管理しようとするが、なかなか職人が言うことを聞いてくれない。そのあとは、どうなりましたか?
吉安:相変わらず現場が回らない、お金が合わない、粗利がとれない状態で、会社の資金繰りが悪化していきました。いくら資金を投下しても、まったく資金繰りが楽にならない状態です。
「これは、もしかすると会計の仕組みに問題があるんじゃないだろうか」そう考えて、今度は銀行に相談しました。
銀行の役員たちと詰めて話す毎日です。それで、お金の管理方法に問題があることがわかりました。
ロジックには会計を“しっかり”管理する人がいなくて、さらに、私が数字に弱かった。40億円規模の事業を運営している会社にしては、お金の管理が甘すぎたんです。
坂東:銀行の人たちの反応は?
吉安:渋かったです。当初、銀行も、「どうしようか」と頭を抱えるわけですが、打開策となるようなアイデアが天から降ってくるわけでも、下から湧いてくるわけでもありません。
坂東:資金繰りは苦しいまま?
吉安:はい。
坂東:吉安さんに策はあったんですか?
吉安:ありません。ただただ、自分の人脈をたどって、いろんな人を連れてきました。
坂東:いろんな人とは?
吉安:投資家です。
坂東:込み入った話になりそうですね。(お店の)奥の席に移動しませんか?
吉安:そうしましょう。
態度を一変させたホワイトナイトに8億円で譲渡。ロジック再生の舞台裏をのぞく
坂東:「資金繰りに困っていた」「お金の管理が甘かった」そうおっしゃいましたが、具体的には、どんな状況でしたか?
吉安:すでに会社の経営はギリギリで、債務超過していました。
一旦、すべての入金を一か所に集め、引き落としがかかるものも全部一か所に集めました。優先的に支払うべきところへ、お金が流れるように。絶対に守らなければならないのは、住宅ローンを組んでいるお客様の家造りです。
作りかけで終わらせることは許されません。そこは、是が非でも完成させる。そのために、どうにかしてやろうと必死でした。
IPOを実現させたカリスマ経営者や、上場企業の社長など、いままで築いてきた人脈をたどっていって。そうした方々に助けていただきながら、綱渡りのような日々を送っていたときに、昔、親しくしていた大手家電量販店系列の住宅会社から声がかかりました。
「ぜひ、力になりたい」
吉安:それで、業務提携をすることになりました。
坂東:提携の内容は?
吉安:大手家電量販店系列の会社がロジックの下請けに入るというものです。「当社への支払いは半年くらい先でも大丈夫です。気にしないで当社を便利に使ってください」ということで、全面的に応援してくれました。これでロジックは息を吹き返したと、”ホワイトナイト”の登場に社内は沸き立ちます。2019年の秋くらいの話です。ところが実際、半年くらいが過ぎると、相手の様子が変わります。
坂東:変わった? どんな風に?
吉安:取り立てが厳しくなったんです。社会が変化するスピードは早いですから、半年前と半年後では置かれている状況が変わる、ということは理解できます。
理解はできますが、あまりにも提携前の態度と違うので、「ん?」と。
坂東:ここでは便宜上、大手家電量販店系列会社を“A社”とします。A社は、どんな態度に変わったんですか?
吉安:A社の決算が3月で、「3月までに、どうにかしないといけないのです」と、相談が持ちかけられました。そこからは、話が二転三転していき、提携前とは、まったく違う方向へ話が向かうんです。
坂東:違う方向とは?
吉安:株式会社ロジックの住宅事業をA社が買い取る、という方向です。実際に私は、住宅事業の商標権と会社のブランドを数億円でA社にお渡しすることになりました。
坂東:率直にお聞きします。当時のことをどう感じていますか?
吉安:私の責任なんですが、やっぱり悲しいですね。
坂東:ロジックは今、どうなっていますか?
吉安:A社の、いち事業部として存続しています。
坂東:吉安さんは、ロジックにかかわっていない?
吉安:はい。そこに私は在籍していませんし、実際にかかわれなくなりました。
そうはいっても、心を通わせた仲間が今も働いていますし、役に立つなら、かかわりたいという気持ちはあります。
でも、必要とされていないので、かかわることができないというのが現状です。
坂東:ロジックは以前、進化型組織へ向かおうとしていました。その取り組みは、どうなったんですか?
吉安:一般的な組織構造の会社になりましたよ。A社本社とのパイプ役を担う責任者がいて、その人を介して”ロジック事業部”はA社とやり取りしているはずです。
坂東:ヒエラルキー構造があって、上意下達の指示系統があってという一般的な組織になった?
吉安:そうですね。外部から見れば、わかりやすい組織になったはずです。上司は評価者であり、承認権者です。そういう立場の人が組織に配置されたことで、個人が意思決定をするような自律的な組織ではなくなり、統制されているはず。
坂東:吉安体制からA社体制へ変わったロジックは、お客さんに与える印象にも影響を及ぼしますか?
吉安:商品(注文住宅)の伝わりかたに影響するか、という問いなら、「Yes」ですね。訴求内容が変わるはずなので。
坂東:たとえば?
吉安:A社の”カラー”というのもがあります。そことのトンマナを合わせた商品、ということになるんじゃないでしょうか。トークスクリプトを変え、「ロジックとA社の関係性をこう伝える」などです。「性能や利便性で、お客様に選ばれることを目指す」「大手という規模による安心感を打ち出す」とか。
坂東:家という商品スペックで選ぶ?
吉安:おそらくは。決して悪いことではありません。そういうニーズは確実にあります。
坂東:吉安体制のロジックが訴求していたのは?
吉安:ロジックで働く人たちです。お客様には、ロジックで働く人の、「思い」「情熱」に共感してもらっていたと思います。「ロジックの人は、すごい生き生きしている」「この人から家づくりを教わりたい」そうした共感です。
そんな体験をしたお客様の噂やクチコミにふれ、来店してくださるお客様のほとんどは、「最初からロジックで家を建てるつもりで来ました」という意気込みの方たちですよ。
その期待に私たちは向き合ってきました。「ここなら、やっぱり大丈夫だ」そう思ってもらえるように。
坂東:ロジックでの取り組みから学んだ、進化型組織へ向かうときのポイントがあれば教えてください。
吉安:共感というキーワードですかね。創業してから間もないころに、私はリカルド・セムラーの「奇跡の経営」という本を読んで、ああした進化型の組織を作ることに傾倒していきました。
個人が意思決定できる自律分散した組織。ヒエラルキー構造ではない、いわゆるセルフマネジメント型の組織。
それをロジックなりのやりかたで実践していくなら、採用時にもっと共感というキーワードで絞り込むことが大事だったかなと。
坂東:ロジックが大切にしている価値観に共感できるか、それを企業と応募者が、お互いに確かめる?
吉安:そうですね。入社を希望する人も私たちも、お互いに。もし、どこかのタイミングに戻ることがかなうなら、採用方法を変えます。進化型組織に向かうなら、スキルよりも共感が重要です。社風にフィットするかどうかに重きを置きますね。
坂東:時計の針を現在に進めます。ロジックを手放した今の吉安さんは何をされているんですか?
吉安:今は、一人で新規事業立ち上げやブランディングのコンサルタントをやっています。
人は採用しない方針で、どこまでいっても一人でやろうと思っています。
坂東:一緒に働きたいという人が現れたら?
吉安:雇用契約を結ばない関係性で、フラットに仕事をしていく感じが良さそうですね。ずっと一緒に仕事をしていくにしても、それなりの緊張感を持った関係というか。仲間として対等にやっていけるようなプロというか。今、私が一緒に仕事をしている仲間は、経営者マインドを持った一匹狼みたいな人で、彼らと仕事をしていると気持ちが良いんです。
坂東:どんな仕事ですか?
吉安:社名を挙げるのがNGな案件が多いのですが、大手外装メーカーの商品開発やPR、鉄道大手系列の住宅事業のブランディングなどの案件もご依頼いただいてます。
商品が市場に出る前の段階での社内のインナーブランディングを支援したり、通常のブランディングにありがちな、クリエイティブを納品して終わるような関わり方ではなく、可能な限り事業に参加するといった気持ちで取り組んでいます。
坂東:住宅業界で吉安さんがロジックを手放した一件を知る人は多いと思います。
しかし、詳細を知る人は少ないはず。吉安さんが表舞台に姿を見せないこともあって、心配されている人も多いのではと、個人的に感じていました。でも、ご健在という感じですね。
吉安:ありがとうございます。「今は何をやっていますか」と聞かれると答えに困るのが現状で。
最近は、「比較的に実入りの良い無職です」と話しています。まあ、無職ではないんですが、給与所得はなくて。まだ一期目ですが新しい会社を作って、給与ナシ。それでどこまでいけるか。
坂東:プロジェクトベースで動いている?
吉安:そうですね。会社にフィーが入るので、給与としてはもらっていません。私個人の活動を最近までオープンにしてなかったので、自己紹介とかプロフィールなども特に用意がなくて。数か月前から流行り出したclubhouseのアカウントでは、「事業を大きな電気屋さんにお譲りして無職のような生活をしております。ロジックファウンダーで武蔵野美術大学の学生です」と。
坂東:なぜ、美大生になったんですか?
吉安:私がやってきた事業やブランド化のアプローチは、極めて表現主導型です。独特の表現手法で自社ブランドや商品の価値を伝えてきました。それを体系的に、本質的に学びたいと思って美大を選んだんです。
坂東:経営論やMBAではなく?
吉安:私が思う、「事業や会社をもっと良いものにしていくために必要なモノ」は、アートやデザインです。それを学ぶことに価値を感じます。武蔵野美術大学に通って一年がたちますが、めちゃめちゃ面白いですよ。
これまで、自分の感覚だけを伝えることでクリエイターと会話してきましたが、今は相手の言わんとすることが理解できるような気がします。
一般に、工務店、建設会社、ゼネコンなどの人たちは、デザイナーや建築家などのクリエイターと話がかみ合いません。
私の肌感では、クリエイターの気持ちを理解している工務店、建設会社、ゼネコン関係者は少数です。そういう人たちの気持ちも、私はわかります。さらに、今はクリエイターの気持ちもわかる。
つまり、今の私なら彼らの間に“橋を架ける”ことができます。そうした役割が、これからの業界では必ず求められます。
坂東:新規事業立ち上げのコンサルタントについても教えてください。
吉安:10社ほどにかかわらせてもらっていて、これから事業化していくフェーズです。
でも、私はビジネスに直結する動きを毎日していると思っています。住宅を住み替えるプラットフォーム構想とか、注文住宅の家づくりをシンプルにしたいという考えもあります。
自分で言うのもなんですが、たぶん私は日本で一番、数多くの建築家との家づくりをやってきた人間です。もしかしたら世界一かもしれない。
そんな私が自宅を建築家に相談して建てると、打ち合わせの合計時間は2時間くらいのもんです。
ポイントは、建築家の場合はプロとしての提案があって、そこに説得力があるということ。
たとえば美大での講義には色彩に関する授業があるんですが、それを学んでいると内装の色を決めるとき、ほとんど迷わない。
「これにすべきだ」という根拠を学んでいるからです。これを建築家は持っています。根拠を持っていると、注文住宅を建てるときに百種類とかってカラーチャートからお客様に色を選んでもらう必要はないんです。
もっと少ない数の選択肢を示すことができます。そうすると、お客様はそんなに悩みません。打ち合わせの時間を短縮できる。
この全体設計をしっかりと作り組んで提案することができれば、従来よりも短い期間で、コミュニケーションコストを減らしながら、お客様が納得できる注文住宅を建てることができます。
これを昔からずっと考えていて、今後はそういったことにも挑戦していきたいです。
坂東:その挑戦で、今の会社を大きくしたい?
吉安:それはありません。これまで、バンバン投資をして事業を拡大することにロマンを感じてきました。
でも、好き勝手やらせてもらったので、一旦、十分に気が済みました。
今の私は、これからの十年にワクワクしているんです。
いつか、注文住宅のプラットフォームを全国展開して、手軽に家が建てられるような世界観を実現したいと思っています。
私の遠慮のない質問に、「そこまで言っていいんですか?」というくらい赤裸々に話してくれた吉安さん。会社についての一連の経緯について、創業者として、代表者として吉安さんの責任は当然あるでしょう。
ただ、“自分が生み出し育ててきた、事業と仲間に関わることができない”
という渦中にある吉安さんの心情。
また
「思うようにコミュニケーションが取れない仲間もいる。情報が錯綜していて、正しい情報が伝わらずに疑心暗鬼になっているようで、それはとても辛い」という話は、心に深く刺さりました。類い稀な経営センスをもち、進化型の組織デザインに本気で取り組んだ吉安さんの経験談から、何を学び、また反面教師とするのか?
ぜひみなさんの血肉にしていただきたいです。
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