嵐の大野さんの描く「自由な生活」とは本人のみぞ知るところでしょうが、この「自由」について話題の「ティール組織」と「生き方」から考察します。(※「ティール組織」の解説はこちら)
■他人の意思決定による行動
嵐の大野さんの「何事にも縛られず」という言葉が全てを物語っている気もしますが、想像するに、
大野さんのスケジュールは何年も先まで埋まっていたんだと思います。しかも、それは自分の自由意思ではなく、
組織による意思決定の元、本人はそれに沿って動いていく。という状態だったのだと思います。
自由な意思決定という意味で、それは全く自由ではなかったのではないでしょうか?
大野さんのそれとはレベルが違うことは承知ですが、
同じ人間として私も自由を渇望していた時代がありました。
それは保険会社に勤めていた頃のこと。
当時の私の役割は、営業部に所属する営業職員に成果を出させることで、
特に新人職員のマネジメントをしていました。
新人職員は、自分一人では説明がうまくできないことも多く、
私の主な仕事は「営業同行」。
私のスケジュールは全て解放され、
私のスケジュール表に新人さんがどんどんアポイントを入れていく。
まさに、自分では意思決定できないスケジュールがそこに出来上がった状態です。
社風としてnoはないという会社でしたので、とにかくモーレツに営業同行する。という状態でした。
その、「自分でコントロールできない」という状態がなんとも息苦しく、
ストレスの主たる部分だったと振り返ります。
■ティール組織の自主経営(セルフマネジメント)
ここからは組織の在り方の話。
ティール組織では、組織の進化の歴史を色に例えています。
まさにここでいうオレンジ色の組織、達成型組織に所属していた私は、
ヒエラルキーの底辺に位置する人間だったので、上司からの命令が絶対で、
数値目標をただただ達成し続ける機械のような働き方に晒されていました。
数値目標を達成し続けるために、家族のことは後回し。
そんな働き方を続けるうちに、人間としての幸せは何か?
という原点回帰するに至りました。
大野さんの働き方も、内容が重なる部分は全くないにせよ、
人から決められた目標やタスクをひたすらに達成し続けるという概念としては同じような気がします。
もちろん、その一つ一つのタスクに対して真摯に向き合い、パフォーマンスを上げていく中で、
やりがいや貢献感も大いにあったとは思います。
私の仕事でもそれは意識していたし、感じていた部分でもあります。何度も言いますが、
大野さんと私のそれではレベル感が違います。だけど、同じ人間ではあるのです。
ただ、自分でコントロールできない、意思決定ができないという一点において違和感を感じ、
大野さんも原点回帰に至ったのではないでしょうか?
ここから嵐が取った意思決定プロセスは
まさにティール組織でいう自主経営のスタンスに近い気がします。
■自主経営実践のポイント「助言プロセス」
自主経営(セルフマネジメント)とは、
ヒエラルキーの意識を手放し、一人ひとりが自由に意思決定できる裁量を持つことです。
大野さんは、組織の存在目的と個人としての使命に違和感を感じたのでしょう。
そこで、ティール組織の意思決定のシステム「助言プロセス」を発動した形となります。
1. 誰にでも決定権がある
2. 提案された課題について関係者全員と専門家に助言を求める必要がある
3. 全意見を取り上げる義務はないが、妥協をすることとは違う
4. 助言は一旦受け入れて、真剣に検討する
ヒエラルキーがある達成型組織の場合、意思決定は発案者ではなく、
上司がすることになりそうですし、多元型(グリーン)では、合議制が求められ、
最終的に判断がつかない場合はトップが決定を下すこともあります。
それにより意思決定に時間を要します。
ティール組織では、あくまでもヒエラルキーは存在せず、
助言は求めるものの、誰にでも意思決定する権利があります。
大野さんは、2017年6月に発案をし、メンバー、関係各所と何度も話し合いの機会を設け、
最終的には自分たちで意思決定したかたちとなったようです。
それぞれが納得する形で意思決定を自分たちでできたというところが本当によかったな、と思いました。
■まとめ
この決断に至るまでの経過や、大野さんや他メンバーの気持ちを想像して
嵐世代の私としては涙が出てしまいました。
青春は嵐とともに在り。の私です。
自分で意思決定することに不慣れであり、
それが許されない空気だったであろう10代の頃から第一線で活躍し続け、もう30代。
もはやアラフォーです。充分に自分の人生をコントロールしたいし、できる大人です。
これからは、自分の人生を生きてください。とエールを送りたいです。