「今日からアジャイル組織(※)になります!」 2018年10月1日、社員を前に突如宣言した株式会社ゆめみ代表取締役の片岡俊行氏へのインタビュー記事 第4弾。最終回。とはいえ、宣言しただけで組織は変わらない。人は普通、変化を避けたがるものです。片岡氏はどうやって社員の意識と行動を変えていったのか。壁にぶつかる度に新たに生み出されたルールや仕組みについて、詳細を教えていただきました。
※アジャイル組織とは、進化的な発達を伴いながら、秩序(3つの原則)を保つことによって、予測できない混沌とした環境においても、組織が自己設計され、結果として適応的である組織を意味する。
上司の主観ではなく、市場の相場観を参考に給与を自己申告。
坂東:アジャイル組織化を宣言したタイミングで、給与制度もリニューアルしたんですよね?
片岡:それまでも自己評価で決めてたんですけどね。SABCDの5段階で上司が評価するんですが、部下が評価に納得できなければ自由に上書きできてしまう。「いや、私はSだと思います」って。
坂東:それもすごいですけどね。
片岡:ただ、それにも関わらず給与に納得できず退職する人が出てしまったんです。
坂東:え?!なぜなんでしょう?
片岡:昇給タイミングは年に1回なので「このままS評価を取り続けてもなかなか自分の希望年収には届かない」と。
坂東:なるほど。一度の昇給で(給与額が)上がる幅が決まっていたからですね。
片岡:はい。それなら5段階評価もなくして昇給の上限も決めず、若くて成長スピードの速い人は一気に年収をあげられるようにしよう、と思い切って変えたんです。
坂東:それも自己申告ですか?
片岡:そうですね。ただ、Slack(※)上で第三者からのレビューをもらうプロセスは踏んでいます。あと、職位のガイドラインというかたちで「このくらいの業務ができれば、このくらいの給与です」というのを明示したり、周りの社員がいくら貰っているのかを聞くことを推奨したり。
坂東:推奨というのは、「会社としては社員の給与額を公開していないけれど、同僚に聞く分には構いませんよ!どうぞしてください。」ということなんですね?それは面白い!
片岡:他にも、人事に相談すれば、人材エージェントと協力して自分の転職市場での給与の相場観を調べることもできる。そもそも転職するときって「前職はいくらですよね。うちだとどのくらい欲しいですか?」「このくらい欲しいです!」「いいですよ」みたいな感じで給与を決めてるじゃないですか。それをうちでは全員が毎年つづけているイメージ。
坂東:なるほどなあ。賞与はどうやって決まるんですか?
片岡:今はもう年俸制に移行しているので、賞与はないです。以前は年収の10%ずつを夏季と冬季の2回に分けて支給していました。
坂東:そのときは業績によって支払われないことや減額することもあったんですか?
片岡:基本的にはないですね。
坂東:へ~!賞与って、業績に応じて調整をかける会社が多いイメージがありますけど。
片岡:会社が死にそうな状況だったらしょうがないですけど、もし赤字の年に賞与を大きく減らしたら、業績が良いときは思いっきり上げないと割に合わないじゃないですか。でも、エンジニアって、そんなダイナミックに年収を上下させるのを嫌がるんですよね。アンケートを取ったらそんな答えが返ってきました。
坂東:そうなんですね!片岡さんは、トップの恣意的な考えを押し通すのではなく、社員の声を聞いて自社にあったやり方を模索していくという視点が素敵ですよね。でも、業績と賞与を連動させることで「会社の業績悪化を自分事として捉えてほしい」と考える経営者はたくさんいそう。
片岡:個人的に、お金で人を動かすのはうまくいかないと思うんです。経営の状況を可視化したいのなら、業績連動の賞与のようなインセンティブ設計の中ではなく、経営管理の枠組みの中でやるべき。お金でコントロールしようという意図が相手に伝わった時点で負けですから(笑)
坂東:負けですか(笑) 確かに、インセンティブとか賞与の仕組み自体に、穿った見方をされてしまいそうです。
振り返り面談よりも、Slackへのコメントが人を育てる。
坂東:給与が自己申告ということは、個人の目標設定や評価はどうなっているんですか?
片岡:目標設定も評価も、やってないです。
坂東:2018年10月以降はずっと?
片岡:ずっとです。
坂東:会社の事業計画とかはどうなっているんでしょう?通常、そこからブレイクダウンしてチームの目標や個人の目標を設計すると思うのですが。
片岡:事業計画はありますが、基本的にはプロジェクト制なので、その中でいつまでにこのプロダクトを作ろうという計画をメンバー同士で共有して進めている感じですね。後は自分のスキルアップについて考えていることを個人のSlackチャンネルで宣言する。というか、ツイッターみたいな感覚でつぶやく。「そろそろこれ勉強しようかな」とか。
坂東:勉強するもしないも自由?
片岡:完全自由です。「お前は何がやりたいんだ?」とかも別に聞きません。まずは自分の中から湧き上がってくるのを待つ感じですね。ただ、そのスピードを少しでも上げられるように「こういうのやってみたら良いんじゃない?」「こういうスキルを期待しているよ」というフィードバックはするんですけど、別に無理してやらなくてもいい。
坂東:フィードバックの機会は定期的に設けているんですか?
片岡:いや、リアルタイムフィードバックという形で、Slackのつぶやきに対して誰かがすぐに反応します。
坂東:でも、勉強してもそれが評価につながるわけではないんですよね?
片岡:つながらないですね。
坂東:明確な目標設定や評価がなくなってからも、特に問題は起きなかったですか?
片岡:プロジェクトごとにきちんと運用はできていると思います。
坂東:会社の“大人度”が高まったということですかね?
片岡:っていうか…逆に目標設定って要ります?
坂東:えー!?でも、もともとは目標があったんですよね?
片岡:過去に設定していた目標は、“評価するため”のものだったんですよ。「この半期はバグが出ない品質を保つ」とか「お客様から何点の評価をもらう」とか。給与を決めるために必要だっただけで。でも、バグを出さないとかお客様から良い評価をもらうというのは、個々人の目標に落とさなくても、そのためのプロセスや仕組みを設計すればできてしまう。
坂東:あ~なるほど。じゃあ、個々人の能力開発についての目標は?
片岡:能力開発にフォーカスした仕組みは別にあるんですよね。どの職種にどのような能力が必要かというのを、普通の会社以上に細かく細分化して可視化しています。うちでは星取表(ほしとりひょう)と言っていますが、それを見れば、自分はこれが足りないというのがすぐにわかるんです。その技術について人に教えられるレベルなら「☆」、独力でできるなら「○」、サポートしてもらってできるなら「△」、できるようになりたいorなる必要があるなら「↑」というかたちでマスを埋めていく。給与アップを自己申告する際はこの星取表を更新しないといけないので、必然的に、スキルが高まらないと給与は上がらない事を示唆しています。だから、会社がわざわざ目標を設定しなくても、それぞれのキャリアプランやそのときの興味に合わせて、個人が勝手に目標を決めているんだと思います。
坂東:これはエンジニアだけじゃなく全員?
片岡:営業も広報も販促も全員です。
坂東:星取表で星が取れたかどうかというのは誰が判断するんですか?
片岡:チームごとに横で比較する。だから、ベテランスタッフに△がつくこともあれば、若手に☆がつくこともあるんです。こうやって全員のスキルを可視化することで、ナレッジシェアもしやすくなりました。「次はこれができるようになりたい」とSlackで呟いたら「だったら○○さんに相談してみなよ」「この本読んでみたらいいよ」というフィードバックが即時発生する。
坂東:なるほど。そういう仕組みなら、半年に一度だけ面談をするより、よっぽど個人への効果がありそうですね。
片岡:ですね。もちろん、いわゆる目標設定理論でいう目標設定によって動機づけが効果的になされて、結果として目標が達成される効果はあると思います。裏を返せば、相手に期待はすれども、目標を設定するのは、自分自身が腹落ちして行わないと効果的ではないです。みんな自分のツイッターみたいに頻繁につぶやいてますが「こんな勉強がしたい」ということだけじゃなく、心の内の感情とか、日々の苛立ちも含めて。それに、人から言われてやることってモチベーションが上がらない。逆にやる気が削がれたりしますから。個々人がやりたいことを周りの人につぶやき、それによってフィードバックの連鎖が生まれ、ある瞬間「やろう!」と本人が腹落ちして決意する事が大事だと思っています。効果的な目標設定はその後の些細な技術論でしかないです。つまり、MBOという目標による管理よりも、MBE(Management by Expectation)※という考えを大事にしています。
市場環境、ビジネスモデルに合わせ、企業文化を変えていく。
坂東:経営者の役割の一つに『文化をつくること』と以前話されていたと思うんですが、まずは文化の定義、「文化とは何ぞや?」ということから聞かせていただけますか。
片岡:うちでは、「他社から見たら当たり前ではないけど、自社としては当たり前のこと」と定義しています。
坂東:つまり片岡さんが“ゆめみの当たり前”を作っているということですよね。
片岡:そうですね。でも、カルチャーってどんどん変わっていくし、変えられる。そもそもビジネスモデルを実現するために強化したい行動を暗黙あるい明示的に設定したルールをあたかも当たり前のように振る舞う事がカルチャーだと思っているので。ルールを変えればカルチャーも変わる。そういう意味では、採用時点ではカルチャーフィットはまったく見ていないです。お箸を使ってご飯を食べるのに外国人が慣れる事ができるように、会社のカルチャーも時間の問題で慣れることができると考えていますので。
坂東:なるほど。市場環境が変わってお客様の期待が変わればビジネスモデルも変わるし、必然的にカルチャーも変えざるを得ないということですね。
片岡:そうですね。永守さんの日本電産(※)もそうじゃないですか。猛烈に働け!って言っていたのが急に変わっちゃった。「あれ?いいんですか?」みたいな。
坂東:確かに、あれはインパクトありましたね(笑)。そういう意味では、今のゆめみはどういう文化にしたいんですか?
片岡:日本の多くの会社に共通している文化として『同調圧力』ってあるじゃないですか。会社の言うことを鵜呑みにしてそれに従うべきって言う。「日本では箸でご飯食べるのが当たり前だよ、手で食べるのはダメだよ」みたいな。でも、手で食べる文化の国もありますよね?そういう意味で言うと、ゆめみは手で食べるんです。
坂東:日本の同調圧力とは真逆にいるということ?
片岡:たとえばうちは、「会社批判しろ」って言うんですよ。個人のSlackチャンネルに投稿してほしい内容にはいくつかテーマを設けているのですが、その中に「会社批判」というものがある。入社したばかりの人はなかなかできないわけですよ。そういう人たちに対して「何で箸で食べてるの?手で食べないの?」と言って、同調圧力の洗脳を解除する。
坂東:会社批判って一般的にはいわゆるタブーですもんね。表立って堂々と言えないからみんな裏でコソコソ言う。でも、なぜ「会社批判」を重要な項目として挙げているんですか?
片岡:それは、ビジネスモデルに関係しています。うちの仕事は、お客様から言われたものをそのまま作るだけじゃダメなんです。一緒にビジネスをやっていく中で「これは違うんじゃないですか?」と意義を唱えて提案していくことが価値になる。自社にも異議を唱えられない人が、お客様に異議を唱えるなんて無理ですよね。だから、それを当たり前のように言えるカルチャーを作っているんです。
坂東:会社批判をよしとする文化が、事業のパフォーマンスを上げることに紐づいているんですね。
片岡:はい。仮に、お客様の社内で上司・部下に関わらず、全員で異議を出し合いベストな仕様を決められるのだとしたら、わざわざうちがその役割を果たす必要はないんです。でも、今の日本はそうなっていないから、僕らが異議を唱えなきゃいけない。「あいつら文句言ってきやがって」と一瞬思われるかもしれないけど、それでも役割を果たそう、と。
坂東:なるほどねえ。
片岡:素手でご飯を食べよう、と(笑)
坂東:では、今の組織で課題に思っていることってありますか?
片岡:とはいえ、会社批判とかってちょっとストレスフルではあるんですよ。みんな自律して自分の感情もコントロールできるようになってきたので、たまには鎧を脱ぎ去って、普通に親密に仲良くしたいなという想いもある。飲みに行く機会を増やしたり。そうやってバランスとってますね。
坂東:そういうコミュニケーション、いわゆる雑談を誘発するために何か仕掛けたことはあるんですか?
片岡:DropboxPaper (※)に一人ひとりのプロフィールを自己開示するということはやりましたね。自分の趣味とかを書くんですよ。ハッシュタグになっているので、同じことを書いている人とはつながりやすい。ビールって書くと、「ああ、この人もビールが好きなんだ」と、そこから仲良くなれるじゃないですか。仕事以外のところでも。
坂東:SNSみたいに使ってるんですね。
片岡:そこから人によってはもっと深いところを開示する。自分の弱みとかトラウマとかそういうところをさらけ出す。そんな仕組みがあるからこそ、部署内だけに限らず、縦・横・斜めといろんなところで懇親会が開催されています。
坂東:なるほどなあ。独特の企業文化の背景には様々な狙いが隠れていたことがわかって非常に面白かったです。ありがとうございました!
※ハードワークの代名詞だった日本電産(永守重信会長)が、2015年下期から「残業ゼロ」に向けて大きく舵を切っている。