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※アジャイル組織とは、進化的な発達を伴いながら、秩序(3つの原則)を保つことによって、予測できない混沌とした環境においても、組織が自己設計され、結果として適応的である組織を意味する。
「普通の社員には戻れない」という感情が、不正の抑止力に。
片岡:誰がどんな意思決定もできるとはいえ、いきなり経理のことを何も知らない人が「今度、経理システムを全部入れ替えます」とか言い出すと混乱が生まれてしまいますよね。そこで、会社の中で必要な役割範囲を細かく分解して、その役割を遂行するためのチームをつくりました。チームの主担当(コミッター)は、チーム内のあらゆる意思決定をすることができる。また、誰もが自由に望むチームに参画し、コミッターになる権限を持たせることで、実質的に全員CEOと同じ権限を持てるようになった。
坂東:コミッターはそれぞれのチームで代表取締役と同じ権限を持つんですか?
片岡:そうですね。例えば広報チームの役割の一つに「記事広告を打つ」というものがあるんですが、出そうと思えば5000万円分とか出稿できるわけじゃないですか。それが、金額が大きいからという理由でエスカレーション(上位者の指示を仰ぐこと)が発生したら結局権限分散できてないことになってしまう。
坂東:確かに、確かに。
片岡:そうならないように、代表権限を持たせているんです。どれだけ大きな金額でも助言プロセスさえ経れば、広報チームのコミッターが権限を行使できますよ、と。たとえば広告費の5000万円は大きな投資なので「何度かに分けて投資したら?」というアドバイスは出るかもしれません。でも、最後に決めるのはコミッター本人。
坂東:いくらアドバイスをされたとしても、当人が「一気に5000万円使います!」と言ったらやれてしまう(笑)
片岡:やる権利を全員に担保してますよ、と。ただ、そのとき真っ先に社員間に生まれたのが「怖い」という感情でした。
坂東:怖い?
片岡:一気にアレルギー反応が出たんです。「会社の財産ばんばん使う人が出てきたらどうするんですか?」「性善説でやるのはいいけど、権利を濫用するぶら下がり社員みたいな人がいたらどうするの?」といった声がワーッと出てきた。確かに、そうした“ガン細胞”を放っておくと会社が死んでしまいますし、当然治療は必要ですよね。そこで生み出した治療方針は、切除すること。
坂東:切っちゃうんですか。でもそう簡単に解雇はできませんよね?
片岡:解雇ではなく、切り取って治療して元に戻す。具体的には『イエローカード制度』というものをつくったんです。禁止行為を行った人には、社員同士お互いにイエローカードを送り合うことができて、カードが2枚付与された人は助言プロセスを含めたあらゆる権限が剥奪される。一般的な承認フローに基づいて承認をもらわなければいけなくなっちゃう。
坂東:なるほど!誤った判断を繰り返す人は、決定権がなくなってしまうんですね。
片岡:「メンバーオプション契約」みたいな言い方をしてるんですが、うちに入社するとパケ放題みたいに様々な権利が、一般的な社員契約とは別にオプション契約として付くんですよ。「有給取り放題」とか「勉強し放題」とか「給与の自己決定」とか。でも、イエローカードを2枚もらうとオプション契約は解約されて普通の社員になる。
坂東:メチャクチャ面白いですね!やっぱり解雇はなかなかできないですもんね。
片岡:したくないですし、解雇する前提で採用してないですからね。
坂東:だからその代わりに、もろもろの権限が無くなる、と。
片岡:普通の社員になるだけなので、不遇な扱いをされるわけじゃないんですけどね(笑) 待遇や福利厚生なんかは、社員でも一般的な会社と比べてもそこそこ良いですから。でも、メンバーオプションがすごすぎるので、イエローカード制度が抑止力になっているんです。
「イエローカード出すよ(笑)」という冗談が、会社の文化を成熟させた。
坂東:イエローカード制度は、アジャイル組織になると宣言したタイミングでつくったんですか?
片岡:2018年の10月か11月ごろですね。「好き放題する人が出そうで怖い!」というアレルギーがすぐ出ちゃったので。じゃあ、イエローカード制度を導入しましょう、と。そうしたら、「イエローカードも怖い!」と言うんですよ(笑)
坂東:気持ちはわかりますが(笑) その不安はどう取り除いたんですか。
片岡:根本原理を丁寧に説明しました。そもそも法治国家で議論が白熱したときに殴り合いにならないのは、刑法があるから。暴力行為をすると処罰の対象になるから、人は社会的動物として正しく振舞えるんです。イエローカードも人を罰するためではなく、人を守るためのもの。みんなが誤っておかしな行動をとらないようにするためにあるんですよ、と。
坂東:実際に2枚出た人はいるんですか?
片岡:導入から1年以上経ちますが、まだいないですね。そもそもカード自体がほとんど出ないので、ようやくそんなに怖くないかな、という感覚になってきたように思います。今はあえて、「それイエローカードだよ」とか。「その行為は政治行為だよ。イエローカード出しちゃうよ(笑)」みたいに、冗談ぽく面白おかしくイエローカードを口にすることで、サブリミナル効果を狙うというか、メタメッセージを投げかけていますね。
坂東:日本は極めて解雇しにくい国ですし、そんな国だからこそ御社のような制度設計はすごく現実的で良いですね。メンバーオプション契約自体、他の会社でも使えそう。
片岡:イエローカード制度やメンバーオプション契約については、助言プロセスに基づいて労働契約法の専門的な弁護士に相談して「大丈夫そうだ」というレビューをもらっています。裏技的に日本の労働法を良い意味でハックしてる感じですけどね。でも、それは仕方ないかな、と。日本の解雇規制が強い現状を考えると、細かく終業規制をつくり、それに基づいて戒告とか訓戒とか出しまくれば解雇もできるのかもしれないけど、そんなに気軽に出さないじゃないですか。始末書とかもけっこう大げさだと思うんですよね。もっと気軽にメンバー同士で「はい、イエローカード」と言えるような、運用のしやすさは考慮しました。
不公平の定義は、それを見た誰かが「ムキ―!」となるかどうか。
坂東:助言プロセスに基づいて会社の様々な制度を再構築していったとお聞きしました。
片岡:そうですね。一番大変だったのは、福利厚生制度の再構築。中でもうちが売りにしているもののひとつに『勉強し放題制度』というものがありまして。
坂東:これ、すごいですよね!
片岡:何かって言うと、社員のあらゆるインプットにかかる費用を会社が全額負担するんです。一人当たりの上限もなし。自分が「勉強のため」と言えばある意味何でも買えてしまう。あるとき「ソフトウェアをプログラミングして操作できるので、これで勉強するんです」と10万円以上するドローンを買ってきた社員がいて。さらに言うと、買ったものは会社の資産じゃなく、個人の所有になるんですが、購入後に「不公平だ!」という人が出てきたんです。
坂東:そう感じる人もいるでしょうね。
片岡:そのような制度における不公平感が広まる中で、一部メンバーと経理が集まって腹を割って話をする機会がありました。経理の主張としては「日本の税制によると『社会通念上の常識の範囲を超えたもの』に関しては給与扱いの課税対象になるので、福利厚生として高額購入すると税務署から指摘が入りかねません」と。そうしたらドローンを買っている人もいる中で、自分はなるべく節約しているという思いでいたメンバーが「私、そんなに常識ないですか?」って泣き出して収拾つかなくなってしまったんですよ。それを見たとき、「不公平だ」という議論と、「税務上福利厚生として認められるのか」という議論が同時になされていて、まったくかみ合ってないなあと感じました。そこで、「不公平とは何か?」「福利厚生とは何か?」の両方を定義しないと解決しないだろうなと思ったんです。僕も会社を20年やってきましたが、このとき色々調べて初めて福利厚生とは何かようやく理解できました。
坂東:そうなんですか!
片岡:今まで本質的なところを理解してなかったんですよ。一つは、国税庁の指針にも書いてあるんですが、もともと従業員の利益として供与されるものは全て給与扱いなんですよね。
坂東:へ~!
片岡:なので、ドローンも研修もランチ補助も本来は全部給与なんです。でも、専ら従業員の慰安を目的とした運動会、演芸会や旅行にかかる通常用する費用なんかは福利厚生として課税が免除される。かみ砕いて言うと、演芸会とか旅行って、学生時代で言えば文化祭や修学旅行。昔の自分たちが楽しんだノスタルジーを思い出させるものを課税扱いにしないでくれよ!という国民感情を考慮して、国が課税を免除してくれているものが福利厚生なんです。国税不服審判所の判例における法解釈でも国民感情を考慮してという文章があるのです。
坂東:なるほど(笑) まったく知らなかったです。
片岡:福利厚生の定義ってそれしかなくてある意味解釈の余地が大きんです。それで次は「不公平とは何か?」を考え始めました。人によって感じ方は違うので、「不公平じゃないの?」という議論が起きたとき、基準を定めておかないと議論がかみ合わなくなってしまう。でも、不公平を定義するのって本当に難しくて。
坂東:難しいですよね。
片岡:色々調べる中で、フランス・ドゥ・ヴァールという動物行動学者の研究を見つけたんです。「動物には道徳があるか?」というテーマを研究していて、動物実験の結果を踏まえて、公平性や道徳観というものはサルにも備わっている本能的なものだと定義していました。(TED TALK moral behavior in animals を参照)
脳科学的にも、人は不公平感を覚えると、情動反応を処理する扁桃体が闘争反応を示す。つまり、不公平感というのは理屈ではなく本能で感じるものなんです。実験映像の中でサルが「ムキ―!」と怒るシーンがあるんですが、人間も同じだな、と。誰かが制度を利用して何かを買ったとき、それを見た人が「ムキ―!」となったら不公平なんです。理屈じゃなく。
坂東:ハッハッハ(笑)なるほどなあ。セクハラと同じなんですね。
片岡:そうですね。相手が主観でどう思ったかでセクハラかどうか決まる。公平・不公平も同じです。誰かがドローンを買ったとして、それに対して「ムキ―!」となったら不公平。そうでもないなら不公平じゃないと「不公平性」を定義しました。
坂東:すごいな(笑)
あまりに複雑な不公平の構造は、解決できないと諦めました。
片岡:社内の不公平感についてはそれで判定可能なんですが、一方でそれとは別の不公平感もあるんです。ゆめみという会社だけが本来給与扱いなドローンを課税対象にならない福利厚生として認めてしまうと、他の会社が「ムキ―!」となるんです。
坂東:わかりますわかります。
片岡:そうならないように、国が指針を定めて不公平感が出ないようにしているんですよね。「ゆめみとその他の会社」「サラリーマンと個人事業主」「ゆめみの社員同士」という3層構造で不公平が起こらないルールにしなければいけないんです。
坂東:なるほどなあ。それはややこしい。
片岡:助言プロセスを通じて福利厚生制度を再構築しようとするときに、毎回誰かが「ムキ―!」ってなるわけですよ。社内は大丈夫でも、社外で「ムキ―!」となる人が出るという議論もある。さらに言えば、「ムキ―!」となるのは本能から来る感情だから疲れるんです。助言プロセスを通じて福利厚生を再構築するというのはあまりにもしんどい作業だとわかったので、そこはもう保守的に行こうと決めました。
坂東:お~!
片岡:助言プロセスを経て、「1000円以上はダメ」とか、国が定めるラインを下回るくらい保守的なルールに落ち着きました。みんな、税制をハックして他社よりもすごい福利厚生をつくって採用競争力を付けたがるじゃないですか。それって議論を複雑にしがちなんですよ。社内外、税務署まで巻き込んで、いろんなところで「ムキ―!」が起こりますから。
坂東:事業の成長にも作用しなさそうですしね。
片岡:不公平の構造が複雑なので、議論する度に絶対に揉めることはわかっていますから。というか、過去の歴史の中で、様々な「ムキー!」があったので、今の国の指針があるのだと思います。アジャイル組織にして、ゼロベースで制度を再構築しようとして痛感しました。その結果、福利厚生制度は保守的に行くと方針変更したのです。
坂東:なるほどなあ。そこでちゃんと後退するという判断ができるのもすごい。今回のインタビューで、今のゆめみの組織ができるまでには、多くの山や谷があったんだなということがよく分かりました。次のインタビューも楽しみにしています!
片岡:引き続きよろしくお願いします!