「進化型組織」という新たな組織のあり方を提示し、ビジネス書としては大ヒットと言われる7万部を突破した『ティール組織』。本サイトでも何度も紹介しているティール組織の概念を示す書籍の日本語版です。その翻訳者である鈴木立哉さんにお話を聞きました。
(※「ティール組織」の解説はこちら)
一度はボツになった「ティール組織」出版本の企画。でも、どうしても諦めきれなかった
坂東:今日は『ティール組織』翻訳の経緯や苦労話、なぜそんなに、特に日本でヒットしたのかといったお話をお聞きできればと思います!
鈴木さん(以下、敬称略):この本は僕が探してきたわけではなくて、付き合いのあった編集者から「鈴木さんに向いてるんじゃないか」と紹介されたんです。
坂東:そうなんですね。「鈴木さんに向いている」とは?
鈴木:僕が以前に翻訳した『世界でいちばん大切にしたい会社』という本を読んでくれていたんです。この本はどういう本かといいますと、株主のためだけではなく全てのステークホルダーが幸せになれる会社を目指す、「コンシャス・キャピタリズム(意識の高い資本主義)」という経営スタイルを紹介したものです。
坂東:パタゴニアやスターバックスなどが事例で取り上げられていますよね。
鈴木:コンシャス・キャピタリズムは、ティール組織の考え方でいうと「グリーン型」にあたります。今は大半の企業が「オレンジ型」なので、その1歩先ですね。
坂東:ティールはグリーンのさらに先、ですよね。
鈴木:そう。だからコンシャス・キャピタリズムを踏まえて「ティール組織」の原書を見たとき感動したわけね。現状の“2歩先”だから。
坂東:さらに進んでいる、というところに、グッとぐっときたわけですね!
鈴木:それで出版社の企画会議のために、40時間かけて必死に企画書を書いたわけ。でも、ボツになってしまったんですよ。
坂東:そんなに頑張ったのに、企画会議を通らなかった・・・?!
鈴木:そもそも翻訳書にあまり力を入れていない所に、「今さら組織論もないだろう」という雰囲気だったようです。
僕も担当編集の方(Oさん)も本当に悔しくてしょうがなかった。話題作になるのは明らかなのに、実現できないのか…、と。
坂東:ボツになってしまって、どうなったんですか? その後。
鈴木:Oさんと二人で残念会(飲み会)をしました。
そこで話しているうちに「やっぱり諦めきれない!」と思って、Oさんに聞いたんです。「この資料を持ってほかの出版社に行っていいですか?」って。
坂東:へー!そういうことってよくあるんですか?
鈴木:普通はないと思いますね。少なくとも僕は初めてで、結構言い出すのに勇気が要りました。でも、Oさんも悔しい気持ちは同じだったから、あっさりOKをくださいました。「この本をどこかで花開かせてほしい」と、託されたんです。
鈴木:そこから作戦会議してね。持ち込むなら英治出版がいいだろうという話になりました。
坂東:それで、どなたかに(英治出版の方を)紹介してもらったんですか?
鈴木:それが、Oさんも僕も英治出版にツテがなかったんですよ。しようがないので、同社ホームページの「お問い合わせ窓口」からメッセージを送りました。そうしたら(出版の)担当をしてくださった編集者の下田さんから返事がきまして、そこからトントン拍子で進んだのです。
坂東:なんと、一発必中で?!じゃあ鈴木さんがお問い合わせ窓口からメールを送らなければ、日本にティール組織ブームは生まれていなかったんですね!
鈴木:翻訳業界で持ち込み案件が通ることってほぼないらしいんですよ。後から聞いたのですが、実は英治出版はこの本の翻訳を以前にも検討したことがあったんですって。全然知らない本ではなかったわけです。そこへ僕が詳細なレポートを持ってやってきたので、「あの本か」と。
坂東:そういう経緯があったんですね。
鈴木:たまたま他社のために書いたレポートがあって、かつそのレポートをそのまま英治出版に持ち込むことを快くOKしてもらえていたので。まあ、ラッキーだったんです。偶然が重なって、やっと本を作れることになった。
ティール組織の大事な要素「自主経営」「存在目的」「全体性」の意味
坂東:翻訳で特に難しかったところはありますか?
鈴木:まず悩んだのは色について。この本の中では色が重要な意味を持っています。達成型はオレンジ、多元型はグリーン、進化型はティール(青緑色)のように著者のフレデリック・ラルーがイメージで決めたものです。
坂東:青緑は進化っていうイメージなんでしょうね、ラルーさん的に。
鈴木:英語やドイツ語では最初だけ「達成型(オレンジ)」のように提示して、その後はただの「グリーン」とか「ティール」とかにできるんです。向こうは略語の文化ですからね。でも日本語ではそうはいきません。だから、達成型と書いてオレンジというルビを振るのはどうか、と提案したんです。
坂東:ルビ、ふりがなですね。なるほど、それは面白い工夫です。確かにそうなっていました!
鈴木:あとはティール組織の特徴である3つのブレークスルーの訳し方です。「自主経営」「存在目的」「全体性」ですね。
自主経営ってのは英語ではself-managementと書かれていて、「自主管理」?いや、「自律分散型経営」かなあ・・・などと考えていたときに思い出したのが、野村證券にいた頃のことです。野村證券っていう会社は典型的な達成型組織だったんですよ。
坂東:THE・オレンジですね。
鈴木:その中で、「これぞ野村證券!」と僕が思っていたカルチャー、それはノルマさえ達成していればあとは支店長が何でも自由にできる仕組みで、「支店自主経営」と呼ばれていました。各支店がどういう経営をするかは支店長の一存で決まる。「何が楽しかったって、支店長時代の方が100倍楽しかった!」と断言する役員さん何人もいましたもん。「・・・それで出世して役員になると、俺はサラリーマンだったってことを思い知らされるんだ」って(笑)。ノルマさえ飲み込んでしまえば各支店はほぼ独立企業(もちろんそのノルマがキツかったのは当時から有名でしたけど)。だから、今から振り返るとオレンジ的な店、グリーン的な店、そしてレッド的な店も少数ながらあったと思います(笑)。その意味での自主経営をさらに発展させていくという意味で、やはりセルフマネジメントの訳は自主経営という言葉がいいんだろうな、と。
坂東:野村證券時代の経験をもとに、だったんですね(笑)。
鈴木:ただやっぱり、そのまま訳して自主経営だけにしちゃうとこんがらがってしまう。ティール組織っていうのは各個人が自由に、あたかも自分で会社を経営してるかのように動きつつ、だけど実際には会社全体の経営がある、と。その意味を込めて、自主経営と書いてセルフマネジメントと読むようにしました。
坂東:ここでもルビの工夫なんですね、なるほど!ほかの2つはどうですか?
鈴木:「存在目的」という訳語は「世界でいちばん大切にしたい会社」の中でも使いました(同書の原文はhigher purpose=「高次の目的」が直訳)。『ティール組織』では当初evolutionary purposeを直訳していました。しかし、自分と組織は何のために”存在”しているのかを問うという点では、コンシャス・キャピタリズムの「存在目的」と共通しているので、同じ語をあてました。ただし、ティール組織の場合はグリーンと違って存在目的自身が進化していくので、その点は訳注を入れています。
坂東:ホールネスはどうでしょう。
鈴木:wholenessは難しかったですね。個人の観点と、組織の観点という2面性があるので、「完全性」じゃないか?、「一体感」じゃないか?、「本来の自分」じゃないか?、と色々な訳語が考えられました。でも、完全性だとパーフェクトの意味に近づいてしまうし、一体感は組織には使えるけど個人にはあてはまらないのではないか?と。非常に悩みました。
坂東:最終的に「全体性」と書いてホールネスとルビを振る形になったんですね。
鈴木:これは僕の英語力の不足かと思ってネイティブに聞いてみたんですよ。「もしアメリカ人がこのwholenessという言葉を日本語に訳すかほかの英語で言い替えるとしたら何と言うか」って。そしたら返ってきたのが、「日本語には便利な表現がある。カタカナだ!」と(笑)
ティール組織への憧れは、日本組織のあり方へのアンチテーゼ
坂東:この本がここまで広まった要因は何だと思いますか?
鈴木:売れた理由のうちの1つが「ティール組織」っていうタイトル。これを考えたのは僕ではなく、英治出版の皆さんです。解説の嘉村さんも強烈に推されたと伺っています。これを批判する方もいらっしゃいますけど、僕はインパクトが強いと思いご提案を受けたときすぐに賛成しました。もう1つが、巻頭に日本語版付録として人類のパラダイムと組織の発達段階の図をカラーページで入れたこと。これは嘉村さんのアイデア。原書では色の表記はあるけどカラーになっていないんです。
坂東:原書を初めて見ました!全然印象が違いますね。原書はちょっと研究書っぽい感じがしますし。直訳して「組織の再発明」ではなく「ティール組織」としたことで、興味を惹きやすくなってると思います。そういう意味では極めて見やすいですね。
鈴木:何しろ、原著はほぼ自費出版ですから。だからこのデザイナーさんの方の功績はものすごく重要だと思いますよ。英治出版さん(下田さん)のセンスというかね。あとこれは個人的な意見ですけど、日本人って血液型好きじゃない? だから「お宅の組織、何型?」みたいなのは受け入れられやすい土壌があるじゃないですか。これは後付けの理由ですけど。
坂東:組織の発達段階の図が付録でついていることで、とてもキャッチーになりましたよね。
鈴木:あとは英治出版の皆さんが考えた「売るための」さまざまな工夫。新聞広告、電車内広告はもちろん、読書会のためのゲラ(本になる前の、試し刷り段階の原稿)の無料配布なんて、本邦初、いや世界初ではないでしょうかね。それと解説者嘉村さんの存在が圧倒的に大きい。発売前から何度も告知してくれて、発売してからも勉強会やセミナーを精力的に行ってくれました。
坂東:広げる努力に、伝える努力ですね。
鈴木:僕自身はそういうセミナーはほとんどやっていないので、恥ずかしながら勝手に本が一人歩きしてくれているように見えていました。僕がやっているのは毎朝15分、Twitterで「ティール組織」をエゴサーチして感想くれた人に「ありがとうございます」って返事をしているだけ。
坂東:いや、それ相当やってますよ!(笑)
鈴木:翻訳者から直接メッセージがくるってあまりないらしくて、僕が思っていた3倍くらい喜んでくれるわけ。僕自身もそんなに負担じゃないし、これはいいなと思って。ただしひとつ決めているのは、批判的な意見にも必ず返事をするということです。これをやっていたら、僕のフォロワーがいつの間にかブワーっと増えていました。
坂東:最後になりますが、発売してから1年ちょっと経って、ティール組織という概念の広まり方を見てどう思いますか?
鈴木:残念なことなんだけど、日本の組織って今、結構おかしくなってきちゃってると思う。組織のほころびが色々な形で出てしまっている。だから、もっと民主的な、自分達の声を活かした“強制のない組織”に対する憧れが、一般の会社員の方々の間にも広がり始めているんじゃないかと。自分が今いる組織に対するアンチテーゼとしてね。
坂東:まあ、違和感ですね。
鈴木:そうです。押し付けられた感みたいな。その中で、ティール組織的な考え方を組織の中に取り入れていこうという素地が、幸か不幸かできていたと。
坂東:幸か不幸か、ですね…。
鈴木:で、実際に取り入れる企業が出てきて、非現実的だろうと思っていたら、問題意識さえあれば実現可能だということが分かってきた。そしたら「俺もやってみようかな」みたいな感じの広がり方っていうのはあるんじゃないかと思います。
坂東:なるほど。そういう意味では結果的にタイミングもよかったんですかね。
鈴木:悩んだり揉めたりしながらのんびりやってきた結果、この本にとっては売れやすい時期に出版できたと思います。
坂東:「世界でいちばん大切にしたい会社」からのご縁ではじまって、出版社への飛び込み営業(笑)、訳し方や表紙デザインの工夫、そしてタイミングなど、さまざまな要素が積み重なって、ヒットにつながったんですね。この本がきっかけとなり、次世代型組織のムーブメントが、ゴロッと動き始めたように感じています。鈴木さんのおかげですね!裏話も含めてとても面白かったです。本当にありがとうございました。