ティール組織が発刊されてから5年。一時期は企業界に衝撃を与えたものの、一方で理想論ではないかという懐疑的な声が聞こえてきます。
手放す経営ラボラトリー(以下、手放す経営ラボ)は進化型組織の形の一つとして自律分散型組織を提案していますが、やはり経営現場で実践するとなるとハードルを感じられている方が多いようです。
そんな中、「私たちを取材してほしい」とメッセージをいただいたのは、農家さんのブランディング事業などを営むTUMMYの代表、あべなるみさん。手放す経営ラボのHPを見て、これまで実践してきたこと、これから広げたいことが、手放す経営ラボの想いとリンクしたそうです。現在なるみさんは手放す経営ラボの研究員としても活動されています。今回はなるみさんご本人にインタビューの機会をいただくとともに、主催されているイベント「愛食フェス」に足を運び体感してきました。
目次 〜前編〜
- 創業の思い① オレオレじゃない、農家さんの生き方「なんてかっこいい!!」
- 創業の思い② お母さんになりたい__ 普通に子育てしたいし働きたい
- 組織作りのポイント① 人生の責任を背負うよりも共感をベースに「助けて」が言える関係を
- 組織作りのポイント② 暮らしと仕事が心地よく共生している”わたし”をただ体現する
【TUMMY 事業データ】
事業内容:食と農領域でのでのブランディング・ギフト販売・コミュニティ運営
設立:平成31年1月7日
関係人口:従業員数0名、チームaiyueo所属人数 95名
TUMMY代表 あべなるみさんプロフィール
1991年生まれ、山口県出身。 京都大学農学部食料環境経済学科卒業。大学在籍中、畑・地域にすでにある豊かさに感動。すでにある魅力を伝えられる人になりたいと、 卒業後は総合広告代理店の株式会社博報堂に入社。 ブランディング専門チームで力をつける。4年半の間に 20社40ブランド以上のブランディングに携わり、卒業。 その後女性の新しい働き方を提案するベンチャー企業、 SHE株式会社に在籍。 2019年1月に独立し、TUMMY株式会社を起業。
手放す経営ラボ研究員(以下、研究員):今日はよろしくお願い致します。今回取材のお声がけをいただいたのはどういった理由があったのでしょうか。
なるみ:はい。一言で言えば、私がこれまでずっと取り組んできた組織作りが、手放す経営ラボとの重なりが多くて、「コラボしたい!」という気持ちが芽生えたからです。そのためにも、まずは私たちを知っていただいて、その上で自律分散型組織経営のディスカッションなど協働が広がっていけばいいなと考えました。
研究員:そうだったんですね。ではこの記事が今後の協働のきっかけになったらいいですね、いや、していきましょう! では、TUMMY創業のお話から聞かせてもらえますか?
創業の思い① オレオレじゃない、農家さんの生き方「なんてかっこいい!!」
なるみ:創業は2019年1月でした。私は元々、食べることが大好きで食に興味がありました。学生の頃、授業で食の仕組みを知ってさらに興味が湧いたんです。例えば「地産地消」という言葉。とても当たり前で簡単なことのようにも感じるのですが、なぜわざわざ「地産地消」と言わないといけない事情があるのだろうと思ったのです。一方でスーパーを見ると、確かに地元のものよりも他県、なんなら遠くはアルゼンチン産など海外産のものも多く見られます。また、食料自給率が低いのに輸入量の3分の1を捨てているという衝撃的な事実も知りました。
そこからもっと食の仕組みを知りたいと思い、農学部に入りました。そこで農家さんに会いに行って、実際の農業に触れ、魅了されたんです。授業では農業の構造的、社会的問題をよく取り上げられるのですが、私はすでにある農業の魅力、食の魅力が世の中に伝わっていないのが根本的な問題だ!と確信していました。そこから農業の魅力をより多くの方に知ってもらえるよう、卒業後、広告代理店で修行を積む道を選びました。
研究員:おぉ! 確かに日本の農業、食の問題は議論されているところですが、なるみさんが農業や食の魅力が伝わってないことが原因だと確信されたのはどのような背景があったのでしょうか。
なるみ:学生当時、私にとって農家さんは「全てを自分で生み出しているすごい人」に見えていました。自分で種から育てて、実ったものを売って、お金も生み出して生きている。そんなに自律的に全てを生み出しているのに、実際お会いする農家の皆さんは「自然に生かしてもらってる」とおっしゃるんです。かたや自分の周りでは「自分がやった!」と吹聴する人が多い印象で(笑)、農家さんの生きるスタンスにガーンと心を打たれました。そんな人としての生き方がもっと世の中に広まっていくといいなと思ったのです。
後は、実際に畑を訪ねると、「野菜ってこんな形で成っているのか、おもしろい!」と毎回発見があるんです。市場原理の中ではそういった食の楽しさやおもしろさが削ぎ落とされてしまっているのではないかと感じていて、農業の課題をどう解決するか、ということよりも単に畑の魅力が伝わっていないだけなんじゃないか、と思うようになりました。
けれど、魅力を広めていくにも実力がないので、まずは大手広告代理店でPRの修行に出たということです。
研究員:なるほど、農業への関心から広告代理店のキャリアはそのように繋がっていたのですね。
創業の思い② お母さんになりたい__普通に子育てしたいし働きたい
なるみ:そしてもう一つ夢がありました。それは「お母さんになる」ことです。今でこそ共働きが普通ですが、私の母は専業主婦でした。だからといって母が暇を持て余しているようには見えませんでした。しかし、毎日子育てに家事に充実している母の姿を見て、私も「お母さんになりたい」と思うようになったのです。けれど、母からは「これからは子育てと仕事の両立が求められる時代だ」と伝えられ、私は仕事と子育ての両立を前提に考えるようになりました。そのような中、入った業界は広告代理店。毎日激務で両立なんて可能なのか、という状況でした。周りを見渡せば、キャリアを優先して、40代で滑り込み出産する女性や出産に育児と多くの出費に苦しむ人。忙しすぎて大好きだった食を犠牲にしてしまっている自分。このままの環境では両立は難しいと思うようになりました。そのような経緯から、農業の魅力を伝えていきたいという夢と子育てが両立ができる状態をつくりたいという思いが重なり、創業に至りました。
研究員:子育てと仕事の両立の葛藤は本当に切実ですね。とはいえ会社をつくるのは大変なことと思うのですが、どのように立ち上げられたのでしょうか。
なるみ:自分が修行で培ってきたスキルの土台があっての創業、また会社員時代から農業界と繋がる活動をしていたので、立ち上げ自体は簡単でした。ただ、2019年1月に創業し、5月には妊娠が発覚。翌年出産しましたので、子育てと仕事をバランスする、その道なき道を模索する日々は楽しみつつも大変だったかもしれないです。出産にあたって、一人でやっていくのは難しいと感じていたころ、同じく食と農を繋ぐことに思いがある友人が、旦那さんの転勤で仕事を辞めざるを得なくなりました。
それならば彼女が望むキャリアが続くようにと、私の会社に入ってもらうことにしました。その子も妊娠を望んでいたので、育児休暇を取得できるようにと正社員雇用しました。一方で、彼女は前職の年収より給料を下げながら私の会社に入社してくれたのですが、第1号従業員で、彼女に求める仕事のレベルが高かった結果、彼女は持病を再発してしまいました。その子のことを思って正社員として雇用したことが裏目に出てしまったのです。
それから私は組織をつくってはいけない人間なのではないかと自責の念に駆られ、3年近く一部業務委託することはあれど、一人で事業を回していました。しかし一人で生み出せる社会的影響は小さいため活動を広めていきたい思いが強くなってきて、ずっとブレーキを踏みながら仕事をしている感覚でした。
組織づくりのポイント① 人生の責任を背負うより共感をベースに「助けて」が言える関係を
なるみ:そんな中、私がやっている活動に「面白い」と言って近づいてきてくれる人がいました。それまでは「人と組む=雇用の条件をまとめてお給料をお支払いしなければ!」という発想だったのが、その人が「そんな難しく考えなくていいよ、とりあえず共感する人とプロジェクト形式でやっちゃいないよ〜」と言ってくれたのです。そこからとりあえず小さく始めてみようと、「カタログギフト開発チーム」がスタートしました。役割への報酬は当然発生するのですが、雇用をしているわけではないので、社会保障費など生活まで守ることまでは会社として求められません。経営者は、関わる人の人生を背負わなければならないんだ、という重圧と責任にがんじがらめになっていたので、大規模な事業はつくることはできない、展開できないと思い込んでいました。
その上、仕事も子育てもこなし、経営者として、「何でも自分でできる」という雰囲気を出そうとしていたと思います。仲間をつくれるように変わりたいと思っている中、色んな人に相談した時、「いつも強そうに見せているよね」と伝えてくれた仲間がいました。そこで、「そうか! もっと『助けて』と素直に言える自分になろう」と思い、「人と組むにはその人の人生を背負わなければいけない」「助けてと言ってはいけない」という重い思考を手放しました。 2022年4月にそのチームでクラウドファンディングに挑戦したのですが、おかげさまで361人の方が支援してくださり、600万を超える支援金が集まりました。(参考:https://camp-fire.jp/projects/view/576908)
その運営チームから私たちのコミュニティカンパニー「チームaiyueo」が生まれました。それまでは農家のブランディングコンサルティング一本で事業展開していましたが、農家さんの美味しいプロダクトを集めたカタログギフト事業が加わりました。愛食主義を中心に据えた働き方・生き方を支援するコーチングプログラム(ナエドコ:https://aiyueyo.jp/naedoko)、ブランディング戦略家を育成する事業(参考:https://tummy0722.peatix.com/?lang=ja)など、どんどん事業は広がっています。
育児や夫の転勤などで、正社員が難しくても社会で役割を果たしたいと思う人は多くいます。私たちのチームではそんな人たちが家にいながら、育児をしながら、オンラインで仕事ができるんです。例えば、今は育児を優先したいライターさんが仕事をして、1日2〜3時間の勤務で月に7万ぐらいの収入を得ることができています。それぞれが自分がごきげんに暮らせる人生のバランスを考えて、自分を大事にしながら無理なく子育てと仕事を両立している組織づくりができています。豊かだな、役に立てて嬉しいなと思います。チームaiyueoのミーティングは誰か子どもを抱っこしているのが当たり前で、みんな「わ〜こんにちは!」とあやしてくれるし、途中で子どものお迎えで退出することもありますし。子どもにずっと時間を割いていたらいくら子どもが大好きでも息もつまると思うので、こやりたい仕事を選べ、子どもと過ごせていたら、ごきげんに暮らせますよね。
研究員:母親が幸せだと子どもも幸せでいられるものですよね。家庭の事情や自分が優先したいバランスによって望むように働けない人は多く世の中にいる中で、できないならできる環境をつくってしまおうというわけですね。さすがです!
【インタビューの間も娘さんを抱っこしながら話されていたなるみさん】
組織づくりのポイント② 暮らしと仕事が心地よく共生している“わたし”をただ体現する
研究員:メンバーの方からは実際に働いてみて、どんな感想や意見が挙がってきていますか。
なるみ:まず、「愛食」という考え方がめっちゃいい、という声がメンバーから挙がってきますね。チームaiyueoと関わると、暮らしと仕事が心地よく共生できるんです。例えばSNSで農家さんの情報を発信するチームがあるのですが、そこで働いている人たちは農家さんのところに取材に行って、実際の農に触れ、自分が関わったものが、自分の食卓に並ぶ。家族と「この野菜美味しいね」と会話することによって、自分の喜びが家族の喜びと重なっていくんです。
研究員:「暮らしと仕事が心地よく共生できる」ってすごく良いフレーズですね。私もイベントでその一端に触れられたと思うのですが、一回で生活が変わるのは難しい。やはり継続的に関わっていくことでライフスタイルが変わっていくのだろうなと思いました。
なるみ:まさにそこが、私がこの仕事を始めて3年間で一番良いなと感じたところです。仕事を優先すると食が削られる、という傾向は一般的にみられると思うし私も昔そうでした。けれど、私はこの仕事をするようになって、いやでも農家さんの心のこもった良いものを食べてしまう。農家さんに会いに行く仕事では、子どもを連れて行くにも一人では大変なので、夫に同行をお願いすることで「家族旅行」になったり。そこから夫も農家さんと接点を持つようになって家族で農家さんの話ができるようになったり。家族の関係もどんどんよくなっていくんですね。
こんな幸せなことを独り占めするのはもったいない!もっと仲間に、多くの人に経験して欲しい、愛食が広まって欲しいと感じたのがきっかけで組織づくりを始めようと思いました。
研究員:確かに。みんなとその世界観を共有したい、というところからチームaiyueoが始まったのですね。そんななるみさんが組織づくりで意識していることとはありますか。
なるみ:極力「管理はしない」ということですね。雇用関係を結んでいない時点で、時間でもお金でも縛っていません。興味がなくなったら離れていく。そういう意味でシビアに捉えられるかもしれません。伝えていることといえば、私は事業の全部を担おう、作ろうと思っていなくて、「この場を最高だな大事だなと思っちゃったら、ここを続けるにはあなたの力が必要だよ、私が全部つくる気はないよ(笑)」ということでしょうか。私一人で全部を担おうと思うとしんどくなってしまいますし、事業も続かないので、極力「社長」を降りる、というスタンスを意識しています。
後編に続く…
インタビュー・原稿作成:坂本智子
校閲:野見将之
校正:天明茂・西島世詩鼓