「今日からアジャイル組織(※)になります!」 2018年10月1日、社員を前に突如宣言した株式会社ゆめみ代表取締役の片岡俊行氏へのインタビュー記事 第3弾。とはいえ、宣言しただけで組織は変わらない。人は普通、変化を避けたがるものです。片岡氏はどうやって社員の意識と行動を変えていったのか。壁にぶつかる度に新たに生み出されたルールや仕組みについて、詳細を教えていただきました。
※アジャイル組織とは、進化的な発達を伴いながら、秩序(3つの原則)を保つことによって、予測できない混沌とした環境においても、組織が自己設計され、結果として適応的である組織を意味する。
明確なルールと仕組みが、人の行動を変えていく。
坂東:助言プロセスを導入するときは、具体的にどんな壁がありましたか?
片岡:やっぱり、みんな怖いんですよね。いきなり「意思決定していいよ」と言われても、「どうせ却下されるんじゃないの?」「わがままなやつだと思われそう」みたいな。
坂東:まあ、そりゃそうですよね。
片岡:だから導入するときは、原則否決はしないということを決めました。大きな意思決定になるほど多くの人の助言が必要で、けっこう勇気が要りますから。
坂東:ハードルをできる限り下げたんですね。
片岡:仮に強く反対意見を述べる人がいても「いくら言ったところで否決はできないからね」とはっきり伝えました。あくまで助言・レビューですから。あと、うちはもともと5年ほど前から仕事の評価だけは自己申告で決まっていたので一般的な組織よりはなじみやすかったかもしれません。
坂東:評価制度が自己申告?!それってどんな感じなんですか?
片岡:S、A、B、C、Dの五段階で自分で評価を考えたあと、上司もしっかりと評価をつけるんですが、上司の評価に本人が納得しなければ自由に上書きできるんです。「自分の評価はSだと思います!」って。
坂東:へぇ~!給与とも連動しているんですよね?実際に上司の評価を覆す人もいましたか?
片岡:いましたよ。上司の評価をがっつり上書きする人。そういう人ほど、徐々に退職していきましたけど。
坂東:へ~。なんでだろう。上司と折り合いが悪くなっちゃったのかな。
片岡:それもあるんでしょうけど、何より承認欲求が満たされなかったんだと思います。上司がDという評価を付けたのに対して「私はSです!」と明確な理由なく頑なに主張すればするほど「あっ、そう」だけで終わっちゃうので。「そんな考え方じゃダメだよ」とか「会社の認識とズレてるよ」とか、頑なな人には誰も教えてくれない。「どうぞどうぞ、Sつけてください」ってサラッと言われるので、スルーされてるみたいに感じるんじゃないですか。
坂東:確かに(笑) 寂しいですよね。
片岡:そういう風土がもともとあったので、否決しないこととかレビューし合う文化にはみんなけっこう慣れていたんです。ただ、難しかったのは「誰に助言を仰げばいいの?」という問題。
坂東:けっこう曖昧ですもんね。助言プロセスの『その問題に深く影響する関係者』って。
片岡:そうそう。うちのビジネスって、どんどん物事を決めてプロジェクトを動かすことが求められるんですが、助言プロセスを通すとすごく時間がかかりそうに感じた。だから、誰に聞けばいいのか、明確にわかりやすくしたかったんです。そこで、人事や広報、マーケといったチームごとにSlack(※)のチャンネルをつくり、何か意思決定をしたいときは関連するチームのSlackに投げるだけで完結できるようにしました。
坂東:めっちゃ簡単ですね。
片岡:わざわざ関係者を集めて会議する必要もないですしね。あと『48時間以内にレビューをする』というルールも決めています。
坂東:48時間以内に反応がなかったらOKという風にしたんですか?
片岡:そうです。ただ、「どうしても今忙しくて」とか「もう少し検討してアドバイスしたい」という場合は、レビューを求められた側が期限を延ばすリクエストを出す、ということにしています。細かくルールと仕組みを決めたことで、だんだんと一人ひとりが自分で意思決定をするようになってきました。ただ、一部例外もあります。
坂東:申請と承認が必要なものもあるということ?例えば?
片岡:うちの場合は、『採用』と『勤怠関連』です。
勤怠連絡を徹底することが、自由な働き方につながる。
坂東:へ~!すごく自由そうに見えるのに意外ですね。リモートワークとか出社時間の変更等には申請と承認が必要なんですか?
片岡:そうです。元々裁量労働制でフリーにしてたんですが、うまくいっているプロジェクトほど、メンバー同士で密な勤怠連絡をしていたんですよ。別にルールで定められているわけでもないのに「これから1時間離席します」とか「明日はリモートワークで9時から作業します」とか、プロジェクトの関係者全員にSlack(※)で共有していた。
坂東:自然とそういう風になっていったんでしょうか?
片岡:お客様からの要望が頻繁にSlackに届くので、即時対応していくにはプロジェクトメンバー同士の密な連携が不可欠だったんです。現代パスサッカーのように、常に全員が動きながらパスを出し合ってゴールへと向かっていくイメージですね。例えばあるお客様から不具合の報告があったら、それに対応するチームを即席で組んで改修にあたらなければならない。そのためには誰が、いつ、どこで、どんな作業をしているのかを全員で共有しておく必要があるんです。
坂東:事業の特性上そうなっていった、と。
片岡:そうしたら、結果として、いつの間にかフルリモートワークの人も全然許容できる体制ができあがっていました。
坂東:リモートワークを推進しようと始めたわけではなく?
片岡:お客様に価値提供をしていくためには緊密な連携が必要で、それをみんながやっていたら、めちゃくちゃリモートワークしやすい環境になっていた、という感じですね。リモートワークしている人もオフィスにいる人も、「子供を迎えに行くので17時まで離席します」とか「16時までMTG入ります」という感じでお互いの状況をしっかり共有しているので。
坂東:確かにそれだと、就業時間で管理する必要もないですね。
片岡:そうした、メンバー間の状況共有という基本動作に慣れてもらうためにも、入社間もない方には勤怠連絡を徹底してもらっています。行動を管理するためではなく、社内の規律を維持し、お客様に価値提供できるようにそういうルールにしているんです。
承認ではなく、『承認ボタンを押している』だけ。
片岡:あと、これも意外かもしれませんが、内部統制上、申請書に承認印を押してもらって提出するというフローや稟議も必要です。
坂東:えっ!そうなんですか。
片岡:たとえば、上場企業が助言プロセスを採用し、誰もが意思決定できる組織をめざそうとしたら「そんなのあり得ない。内部統制どうすんの?」って絶対なるじゃないですか。
坂東:なりますよね。
片岡:僕がアジャイル組織をめざしたとき、できるだけどこの会社でも実現できるように汎用性の高い仕組みにしたかったので、意思決定の自由度は高くしつつ、内部統制もきちんとしておきたかったんですよね。
坂東:あれ?でも申請して承認を得るというフローだと、社員全員に意思決定権があるとは言えないのでは?
片岡:申請書には、プロリク(※下図)を出したSlackのURLを貼りつけて提出するんですが、それらはすでに助言プロセスを経て意思決定がされているという認識なんです。そうした申請に対しては、承認するのではなく『承認ボタンを押している』というだけ。
坂東:へ~~!それ、めちゃくちゃ面白いですね(笑)
片岡:ちょっと屁理屈ですけどね(笑) 承認じゃなくて、承認ボタンを押してるだけ。記録に残しているだけで、もう決裁は事前に済んでるよって。追認に近い考えです。
坂東:その屁理屈はもはや発明ですね(笑) これなら確かにどこの会社でも真似できそう。
片岡:最初の頃は、「片岡さん、承認お願いします」ってみんな言ってきたんですが、僕が「承認はできないです。ボタン押すことならできます」って言い続けていたら、みんなだんだん「片岡さん、ボタン押してください」って言ってくるようになりましたね。
坂東:でも、助言プロセスで意思決定した上で、さらに承認ボタンを押してもらうための申請というのは二重運用に近い作業で面倒じゃないんですか?
片岡:その懸念もあったんですが、結局組織で面倒なのは「どう説明すれば上司に納得してもらえるだろう?」とか「結局誰に相談すればいいの?」とか、余計なことに頭を悩ませる時間だと思うんですよね。明確に、Slackのどこに投げればいいかわかっていて、助言プロセスを経て申請する作業自体は、慣れれば多少時間かかっても頭を悩ませる種類の面倒じゃありません。
坂東:そうかそうか、結局そっちの方が早いしストレスも減るんですね。確かに、ウェブで検索したら『稟議の通し方』とかいっぱい出てきますもんね(笑)
片岡:悩むことに悩む時間はゼロになります。
坂東:忖度もなくなりそう。
片岡:透明性も高まりますしね。誰がどういうプロセスを経てどんな意思決定をしたのかがすべて見えるので。
坂東:「そんなの購入するんだ」とか、全部見えちゃう?
片岡:そうですね。でも、事前に必ず助言プロセスを挟んでいるので安心できる。申請、承認のフローをルール化しているところでも、結局意思決定のプロセスが形骸化している会社って多いと思うんですよ。承認者の人も、内容よくわからないまま承認していたり。
坂東:レビューもしていないしチェックもしていないで、ただ承認するだけみたいな。
片岡:多いと思いますね。そう考えると、助言プロセスの方が現場の事情をしっかり把握している関係者からのアドバイスをもらって決裁しているので、よっぽど安心できると思いますよ。
数百円の決裁の積み重ねが、重要な意思決定の布石となる。
片岡:あと、うちって経費精算とか本当に些細なことまで、助言プロセスのプロリクを通じてやるんですよ。
坂東:へ~、数百円の精算をするにも助言プロセスが要る?
片岡:そうですね。普段から助言プロセスに慣れていてもらわないと、いざ会社の制度を変えたいとなったときに「やっぱりプロリクのやり方もわからないし面倒くさいからいいか」と、制度のせいにして諦めちゃうと思うんです。それを防ぐために、あらゆることを、助言プロセスを通じて決定しています。最初は面倒ですが、慣れてくると「この延長で大きな予算も使えるのか」とか「この流れで制度も変えることができるんだ」って頭の中の想像も勝手に発展していくので。
坂東:なるほど。まずは小さなことからはじめる、と。
片岡:そうです。大きな意思決定は、普段の練習があるからこそできると思うので。経費で何かを買うとき、出張に行くとき、社外で会議をひらくとき、懇親会を開催するとき、あらゆる場面で助言プロセスの手続きを踏ませることで、この仕組みを組織になじませていきました。
坂東:なるほどなあ。面白いですね。
片岡:他にも、IT用語で『サンドボックス』という言葉があるんですが、その考え方も参考にしています。
坂東:サンドボックスって…砂場ですか?
片岡:そう。砂場って子どもが安全に遊べるじゃないですか。IT業界では、システム全体に影響を及ぼさない安全な実行環境のことを意味します。新しいツールや技術を自由に試せるんです。助言プロセスでも、資格報奨金制度をサンドボックスと認定し、誰もが一時的なコミッターになってルールを変えられるようにしました。「この資格を取ったら報奨金がいくら出ますよ」とか「今なら3倍キャンペーン!」とか、気軽に書き込んでもらって。色んな意見が出てきました。その結果、みんな段々と意思決定することへの勇気が出てきたみたいですね。
坂東:経費精算とか懇親会とかだけじゃなく、全社に影響を与えるような意思決定についても、ハードルが下がった?
片岡:下がりましたね。例えば福利厚生を変えたいときはコミッターとして手を挙げれば権限をもらえますが、コミッターになるからには文字通りコミットしなくてはならない。それってちょっと敷居が高いじゃないですか。
坂東:高いですね。
片岡:だから、サンドボックス内では『一時的にコミッターになる』というのを許可したんです。いつでも、「やっぱりやめました」と言える。通常は、いったんコミッターになったら少なくとも半年くらいはやってね、という感じなんですが、資格報奨金制度についてはいつでもやめていいよ、と。
坂東:それは、意見を出しやすくするため?
片岡:まずは慣れるためのトレーニング場みたいなのが必要だと思ったんです。アプリの開発現場でもサンドボックスって必要なんですよ。「本番環境で何か間違って消しちゃったらどうしよう?」という不安はやはりあるので、新しいチャレンジをするときはサンドボックス用のサーバーを使う。グチャグチャに壊れたりするんですけど、そうしたらまた平らにして作り直せばいい。
坂東:まさに砂場ですね。本当に色んな試行錯誤を経て意思決定のハードルを下げていったんですね。
権限を移しても残る“権威”は、ルールによってそぎ落とす。
片岡:ただ、助言プロセスによって権限を委譲できたとしても、結局「権威」は残ってしまうんですよね。
坂東:権威というのは、周囲への影響力ですよね?
片岡:暗黙的に周囲が従うべきと認識する影響力みたいなものですね。創業メンバー、カリスマ上司、年長者、古参メンバーなどからの意見などもそうです。権威はなかなか消せないんですよ。たとえば、広報チームから「5000万円分の記事広告を打つ」というプロリクが、親チームであるマーケティングチームに上がってきたとします。親チームのコミッターも広報についての知見はあるので当然レビューするわけです。「それはさすがにどうなの?」と。親チームのコミッターに権威が残っていると、どうしても暗黙的にその意見に従ってしまう。
坂東:そういう心理的な影響は当然ありますよね。
片岡:そこで生み出したのが、親チームのコミッターは子チームのコミッターにはなれず、逆もまた然りという『ダブルリンキング』の仕組みです。親チームのコミッターは子チームのコミッターにはなれないので、コミット権限はない。だから、その人の意見はあくまで参考程度でしかないと明示したんです。それによってお互いにプロリクもレビューもしやすくなりましたね。
坂東:結局、ベテランや年長者の権威が残ってしまうと、いくら権限を委譲してもなかなか自分で意思決定できないですもんね。
片岡:「意見はするけど権限はないので決められないよ」と、僕の場合ははっきり伝えています。すると、なかなか議論が進まなくなってしまうので「じゃあ私が決めます」とコミッター本人が決断せざるを得ない。それを繰り返す中で、僕がどんなレビューをしようと「私はこうします」と言える人が増えてきました。
坂東:親チームのコミッターが、そうやって言い続けなければいけないんでしょうね。
片岡:その距離感が助言プロセスの難しいところ。親チームのコミッターは言いたいことはきちんと言いながらも、「決めるのはあなたですよ」というスタンスを明示し続けなければいけません。ただ、親チームのコミッターが意見を言うとどうしても権威が働いてしまうので、それを打ち消すような反作用としてルールが必要なんです。一方で、権威がある事で、本当に無謀な事に対しては、抑止として経験者のアドバイスが働きやすくもなるのです。権限はしっかり分散した上で、権威をうまく活用するのです。
坂東:なるほどなあ。
片岡:あとは、親チームと子チームがお互いにレビューし合うことも大切にしています。
坂東:子チームからも親チームにレビューを出す?
片岡:例えば、親チームのマーケティング部の部長が「こういう戦略で行くぞ」と言ったときは、広報課の課長が必ずレビューする、という風にしています。「いやいや、今広報のトレンドはこうですよ。広報戦略をマーケティング戦略に取り入れないとだめですよ」と。そのために、親チームのコミッターは子チームのコントリビューターになり、子チームのコミッターは親チームのコントリビューターとして存在する。ダブルリンキングというのは、そうやって親チームと子チームが二重のピンでつながっているイメージですね。
坂東:なるほど。親チームのコミッターも子チームのコミッターも、相手チームのことに関して権限はないけど、コントリビューターだから意見は求められる、と。面白いですねえ。
片岡:こうした様々なルールや仕組みも、実は助言プロセスを通じてつくっていきました。みんなからレビューを貰いながら、既存の制度を一つひとつ作り直していったんです。
坂東:それにプラスして、プロリクやサンドボックスのようなエンジニアが馴染み深い言葉とリンクさせたり、経費精算のような通常業務に落とし込んだりという工夫があったんですね。
片岡:ここまで徹底的にルール化や仕組み化を進めたのは、うちがやっぱりエンジニアが多いから。社内のクリエイター系の人たちはけっこう「いいじゃん!」と直感的に受け入れちゃう人も多いんですが、エンジニアはなかなかそうはいかない。曖昧なルールの中で助言プロセスを行い、深慮に欠く行動と見られると、エンジニアにとっては致命的なのです。
坂東:なるほどなあ。でも、試行錯誤の末に徹底的に考えられたルールや仕組みは、きっと他の業界の企業さんにとっても大いに参考になると思います。今日はありがとうございました!