「旅で世界を、もっと素敵に」をビジョンに掲げ、2014年に誕生した株式会社TABIPPO。社員数18人という小さな組織ながら、30万人規模の旅好きコミュニティーを運営していたり、1万人を動員する野外フェスを主催したりと、ビジネススケールの大きさには驚かされます。現在は同時に6つの事業が進行中。小規模ながらこれだけの事業を回せる背景には、社員一人ひとりのビジョンへの強い共感と、自律を促す自由なカルチャーがありました。
(写真左)株式会社TABIPPO 代表取締役 清水直哉
創設から今までTABIPPOの代表を務める。東京学芸大学にてサッカー漬けの日々を送るが、人生に悩み、世界一周の旅へ。 旅で出会った仲間とTABIPPOを立ち上げる。 卒業後はWEB広告代理店の株式会社オプトへ入社、1年目からソーシャルメディア関連事業の立ち上げに参画。最年少マネージャーの経験などを経て2013年11月に退職、 TABIPPOにて法人登記を果たす。趣味は自分探し、夢は「やりたいことを、やりたいだけ、やりたい場所で、やりたい時に、やりたい仲間と、やり続けること」
(写真右)株式会社ブレスカンパニー 代表取締役 坂東孝浩
早稲田大学卒業。2011年株式会社ブレスカンパニー設立。これまで規模の大小を問わず多種多様な組織の課題解決に携わってきた。しかし、環境の変化が激しさを増してくるとともに、社員教育や人材採用などの各論では根本的な課題解決ができないと感じ始め、2018年手放す経営ラボラトリーを設立。「“人が集まる組織“への進化」をテーマに、最先端の組織や経営スタイルを研究。自社でも“手放す経営“を実践している。
組織観の原点は、オプトで学んだ経営哲学。
坂東:起業のきっかけは?
清水さん(以下敬称略):法人化したのは2014年ですが、実は2010年に『旅を広める』という目的で前身の団体を立ち上げているんです。僕が大学生のときです。新卒でオプト(現株式会社デジタルホールディングス)に入社してからも活動自体は続けていて、そのとき一緒にやっていた仲間から「法人化しよう」という話が出たのがきっかけと言えばきっかけかもしれません。
坂東:オプトでの経験も影響しているんですか?
清水:めちゃくちゃしてますね。もともとオプトって「一人ひとりが社長」という言葉を社是に掲げるくらい、とにかく主体性を大切にするボトムアップな組織なんです。「自分がつくるならこういう組織がいい」というのはなんとなく思っていました。
坂東:へ~!そんなに前からティール的な組織をめざしていたんですね。
清水:当時はティール組織という言葉も概念も知らなかったんですけどね。忘れられないのは、2年目のある日の飲み会。当時代表取締役だった鉢嶺さんと、役員だった石橋さんも来てくれて。「本当はもっとボトムアップにしたいし、一人ひとりが権限を持つような組織にしたいんだよね」と、めちゃくちゃ酔っ払いながら話してくれたんです。
坂東:熱いですねえ。
清水:「軍隊みたいな組織をつくるのは簡単だし、短期的には成果が上がるかもしれないけど、そんなのやりたくないし、やらせたくない」という言葉を聞いたときに「自分がやるんだったら、こういう経営をやりたいな」とすごく思いました。
ヒエラルキーの最上位にいた、大学サッカー部時代。
清水:一方で、僕はティールとは真逆の組織運営も経験しているんですよ。
坂東:えっ、そうなんですか?
清水:大学時代、Jリーガーも輩出するようなガチのサッカー部で活動していたんですが、150人くらい部員がいて、めちゃくちゃヒエラルキーなんです。
坂東:そういう組織はそうでしょうね。
清水:1軍から3軍まであって「1軍の言うことは絶対」みたいな。2軍、3軍は何のために存在するかというと1軍の勝利のためなんです。3軍の子たちにとっては不本意な意思決定もあったと思います。そんな組織で僕、4年生のとき副部長になったんです。いわゆるナンバー2。
坂東:それはすごい!
清水:サッカーの実力は全然だったんですけどね。僕、3軍でしたし。
坂東:えっ!それで副部長っていうのがすごいですね。
清水:サッカースキル以外の部分は信頼してもらってたんでしょうね。そこで、ヒエラルキーの良さも悪さも実感しました。大学4年のとき、2年生以下全員丸坊主にさせたりとかしてるんですよね。
坂東:お~、強権発動ですね。
清水:それで何人かは「坊主にしたくないから」と辞めていきました。今になって思うと、そんな風に勝利をめざしても気持ちよくなかったな、と。次やるんだったらトップダウンを放棄して、管理しないチームにしたいなと思ったのも結構大きかったですね。
坂東:最初からそこを意識してスタートしたんですね。
清水:最初は3人で始めて、みんなフラットな関係だったので、何も言わなくても自然とそうなっていたんですが、10人超えたあたりで「ちゃんと意識して話さないとやばいな」と実感しました。そこに気づいたのは起業してから大分経った後でしたけどね。
旅行会社の社員が旅行に行けないって、おかしいよね?
坂東:旅をするならいつ休んでもいいとか、旅するオフィスとか、ユニークな制度がいっぱいありますよね。やっぱり会社の事業モデルと連動しているんですか?
清水:うちは、旅を広めることが目的なので、「旅好きで、旅を広めたい」という社員しかいない。行きたいときに旅に行けるというのは、当たり前にしたいなと思いました。業界あるあるなんですが、「旅行会社で働いているとあまり海外行けない」ってみんな言うんですよ。
坂東:確かによく言う(笑)
清水:そんなこと言ってるから旅が広がらないんだろ、と。自分たちもたくさん旅をする。その様子を発信することで、「私も旅をしたい」という人を増やす。この構想は創業時から考えていました。なので、創業して2か月で、メンバーの1人は世界一周に行っていますね。
坂東:仕事で?
清水:仕事です。そういうプロジェクトを企画して。私を含めて残った2人はブラジルのワールドカップを見に行きました。なので創業2か月で社内に社員が誰もいないという(笑) 今も、旅をするなら自由に休んでいい。基本的に自分で決めて自由に行ってくれという感じですね。
坂東:みんな休みまくってるんですか?
清水:3連休の前後に有休入れたりしながら、うまいことやってます。とはいえベンチャーなので、バリバリ働くときは働く。メリハリがすごいですね。あとは、トラベルサポートという制度をつくって、海外旅行に行くのを福利厚生としてサポートしています。年間24万円の費用を渡して、それで航空券を買って旅行に行ってこい、という。
坂東:それはめっちゃ羨ましい!
清水:その代わり、帰ってきたら旅行のレポートを書いてもらうんです。そういうのがあると遠慮せずに行けるじゃないですか。今も仕事でラスベガスに行っている子とか、彼氏に会いにフランスに行った女の子とか、タイにプチ移住みたいなことをしている子もいます。
儲かるかどうかより、旅人の共感を得られるかどうか。
坂東:会社を一言で言うと何屋になるんですかね?
清水:強いて言うなら、旅を広める屋……ですかね(笑)旅を軸に色んな事業を多角展開しています。ビジネスモデルで言うと事業が6つあって。
坂東:6つもあるんですね。
清水:一つはイベント事業。年間200回くらい開催しています。もう一つはメディア事業。自社メディアを通じて旅を広げることをやってます。あとは、本とか雑貨を作るプロダクト事業と、企業に対してソリューションを提案するマーケティング事業。最近始めたのが、人材紹介とかキャリア教育を行うキャリア事業ですね、そして旅人人材の教育を行うエデュケーション事業ですね。ただ、すべての事業のベースになっているのは「旅好きのコミュニティー」。それがあれば、モノを作って売ることができるし、イベントにも人を集めることができる。コミュニティーが武器になっていますね。
坂東:なるほど。儲かりどころはどこなんですか?
清水:とりあえず、イベントやったり本や雑貨を作るというのは、全然儲からない。
坂東:そんな気がします(笑)
清水:あと、野外フェスとかのイベントも1万人くらい集めるんですけど、それも全然儲からない。Webメディアも、そこで記事を発信しているだけじゃ儲からない。まあ、別にそこで儲けようとは思ってないんですけど。
坂東:それらはすべてコミュニティーを作るための手段という感じ?
清水:そうですそうです。収益の柱は、BtoBのマーケティング事業が1つ。旅が好きな人たちと、そういう人たちに商品やサービスを提供したい企業側とをマッチングする。今はそこが7割くらい持っていますね。そして、これからはキャリア事業やエデュケーション事業の収益化に力を入れたいと思っています。
坂東:一つひとつを見ていくと赤字になる事業もあるけど、要は全部やっているというのが強みになっているんですね。
清水:そうですね。シナジーが生まれ、効率化が進み、利益率が高まっていくという。
坂東:どこか参考にしている会社はあるんですか?
清水:あんまり無いんですが、あえて言うなら『ほぼ日』とかですかね。
坂東:確かに近い気がする。
清水:彼らはWebメディアを起点にしてコミュニティーを作り、そこでモノを売ったりイベントを開催したりしながらファンを広げていっている。
清水:メディアにファンがついていて、コミュニティーができていると言う意味では近いイメージを持っています。
坂東:なるほど。でも『旅』という軸はいいですよね。
清水:旅って割と人生に結びついているじゃないですか。ライフステージの様々な場面で接点を持てるので、『旅』を軸にけっこう何でもできるかなと思いました。
坂東:そう考えると、やっぱりコミュニティーが肝になりそうですね。
清水:僕ら、SNSが流行ったときにめちゃくちゃ力入れて、30万人くらいのコミュニティーをつくったんですよ。そこからイベントがたくさんできるようになり、Webメディアが立ち上がり、マーケティング支援をやれるようになった。次は、データベースを統合しながら、もう少しeコマースみたいなことにもチャレンジしたい。しっかりしたコミュニティーが基盤にあれば、ビジネスはなんでも後付けできると思っています。
やりたくないことはやらせないし、仕事の管理もしない。
坂東:でも、社員18人で6つの事業を回すって、すごいですよね。
清水:そうですね。外から見るとワケわかんない会社だと思う。
坂東:はい、ワケわかんないです(笑)
清水:そこは、組織論と紐づいていて、社員一人ひとりが自律して動いていないと成立しないんですよ。常にみんなが責任者として主体的に働く必要がある。18人で一つの事業ならヒエラルキー組織でもいいんでしょうけど、18人で5つやろうと思ったら無理。
坂東:けっこう部署横断的に働いているんですか?
清水:めちゃくちゃ横断してますね。ホラクラシー的な感じで、兼任は当たり前。
坂東:でも、いつ休んでもいいわけですよね?仕事の分担とか、どうしてるんですか?
清水:どんな感じなんですかね?「勝手にやって」って感じですよ(笑) みんなビジョンに共感していて、旅を広めたいという想いがあって、うちは旅を広めるための事業しかやっていない。だからみんな、勝手にやるんです。自分がやりたいことだから。
坂東:そうかそうか、みんなやりたくてやってるから。
清水:そうです。あと「やりたいこと以外はやらせない」というのも会社として決めています。個人の熱量をすごく大事にしているので。「この事業やりたくなくなっちゃった」って思われたのなら、その想いも尊重したいんです。
坂東:なるほどなあ。「旅は好きだけど、キャリア支援には興味ない」とか?
清水:そんな感じです。
坂東:「飽きちゃいました」って言われたらどうするんですか?
清水:事業が6つもあるので、他にやることはいくらでもあるんです。今の仕事にフルリソースを投入するんじゃなく、こっちの仕事と半々でやってみよう、みたいなことができてしまう。
坂東:なるほどなあ!確かにそうですよね。だから普通の会社に比べて事業への熱量というか、今で言うエンゲージメントの値が高いんでしょうか。
清水:そうだと思います。すべての行動と意思決定はビジョンの実現に向かっていくべき、ということはずっと話しているので、うちには旅を広めたい人しかいない。だから、勝手にビジョンの実現に向かうんです。経営側が管理するよりも、逆に放置して、個が活躍するためのサポートに徹している感じです。
採用時に見極めたいのは、スキルフィットではなくカルチャーフィット。
坂東:そう考えると、採用時点での見極めがすごく大切になりそうですよね。
清水:そうですね。すり合わせはすごく大切にしています。しかも、うちみたいな会社って外から見るとすごく自由に見えるじゃないですか。
坂東:見えます見えます。でも、自由ですよね?
清水:確かに自由です。でも、自由人が来ると、だいたいダメ。なぜかというと「旅が好き」というのと「旅を広めたい」というのは、ちょっと違うんですよね。
坂東:ただ旅が好きなだけじゃなく、旅を広めることに対しての共感がないとダメなんですね。でも、そういう視点を持っている人ってそんなに多くなさそう。
清水:そうですね。あんまりいないです。
坂東:旅を広めるより自分が旅に行きたいっていう人が多いですよね。
清水:そうなんですよ。一方で僕らは広めたいという想いがすごく強い。最近は自分が旅するよりそっちの想いが強くなっちゃってるかもしれません。
坂東:マジっすか!
清水:僕、社員から怒られますもん。「社長最近旅してませんね」って。
坂東:なるほどなあ(笑)
清水:あと、実は『自由』って大変なんですよ。
坂東:わかります。
清水:責任が伴いますから。自律していなきゃいけないし。あと、自由な環境を周りに求めるのもうちではNG。
坂東:周りに求めるというと?
清水:「自由にさせて」じゃダメで「自由にしたいから、俺はこれ頑張る」というマインドがベースになきゃいけない。うちのメンバーはそれがすごく求められるので、正直入社して慣れないうちはつらいと思いますよ。
坂東:採用時はスキル面もけっこうしっかり見るんですか?
清水:見るには見ますけど、そんなに重視はしていないですね。どちらかというと、マインドセットできるか、とかカルチャーフィットしそうかどうかを見る。
坂東:そこがフィットする人は自律できる、と。
清水:そうですね。スキル面はあとからどうにでもなる。それ以上に、うちのカルチャーや行動指針に共感できるかどうかを見ていますね。
坂東:行動指針ってどんな感じなんですか?
清水:いくつかあるんですけど、さっき話した「自由には責任が伴う」とか「謙虚であること」とか、まっとうで正直であることを求めている。日本人が昔から持ってる美徳みたいな部分をめちゃくちゃ大事にしていますね。だからうちの会社、本当にいいやつばっかりなんですよ。
坂東:なるほど。採用時点でそこを見極めるのが大事なんですね。
清水:そうそう。俗に言う『いい人』が集まっている。別に頭がいいとかそういうのではなく、『人がいい』というのを大事にしてます。「旅を広めたい」っていうのも結局、自分さえよければそれでいいという人は共感しないですよね。そうではなく、「人のために」というのを当たり前に考えられる人を採用しています。
坂東:じゃあ、そこが採用基準になっているんですね。
清水:はい。行動指針に当てはまる人かどうかを見ています。この指針を見せて「ちょっと違うかも」という人は採用できない。他にも例えば、うちの会社って怒るのダメなんですよ。とにかくポジティブに楽しくというのが大前提なので。負の感情で怒っている人は、逆に周りから怒られる、というか指摘されますね。
自由な環境を求めるなら、自由人ではダメ。
自由であるために、自律する。自由と自律を両立させるための環境づくりのポイントは「怒らないこと」?
自分や周囲を律するための「厳しさ」と「怒らない」を両立させる方法とは?
後編に続く!!