今回のインタビューは、62か月連続赤字企業を2年で黒字転換させた、驚きの組織戦略とは。 (前編)の後編。制度を変えるだけじゃなく、カルチャーを変えることで本質的な組織変革を実現した株式会社ISAO。そのカルチャーの原点に迫ります!
スピリッツを、エクストリームに実行していく。
坂東:中村さんの意思決定のプロセスや役割意識が、書籍『ティール組織』に出てくる内容と非常に似ているんですよね。
中村さん:そうなんですね。読んだことないんですけど。
坂東:ハッハッハ(笑)でも、けっこう本当にそのままなんですよ。ただ、その本の中に様々な事例が書かれているんですが、それをそのまま真似てもなかなかうまくいかないものなんですよね。
中村さん:それはそうでしょうね。やっぱり会社が変わっていくには、制度や行動を変えるだけじゃダメで、自分たちらしいカルチャーをつくっていくことがすごく重要。そして、それは一朝一夕にはできませんから。
坂東:ISAOのカルチャーはどうやって育まれたんですか?
中村さん:僕が就任する前は経営者の入れ替わりが激しく、ビジョンがとても不安定でした。そこで、ミッション・ビジョン・スピリッツという概念を再策定したんです。立派な理念を掲げながら、社員が誰も関心を示さない、場合によっては知りもしないという会社が、世の中には多いと思うんですが、ISAOでは絶対に全社員が一言一句知っている。なぜなら、ものすごく大切にしているから。
Cf: https://www.isao.co.jp/about/mvs/
坂東:なるほど。
中村さん:その中でもスピリッツは5つの価値観で構成されており、それを突き詰めていった結果、ISAOのカルチャーができたのかなと思います。
坂東:なるほど。逆に言えば、カルチャーが言語化されたものがスピリッツということですか。
中村さん:そうですね。もちろん、その言葉だけですべてが表現されているわけではないんですが、代表的で重要なものを5つピックアップして2011年に言語化しました。
坂東:社内に完全に浸透させるために、相当努力されたんですか。
中村さん:まず入社前に価値観を徹底的にすり合わせますね。「ISAOってこういう会社だけど大丈夫?」と。そして、入社後にはMVS(ミッション・ビジョン・スピリッツ)研修なるものをやります。ISAOの場合は、本当にスピリッツをエクストリームに実行しているので。それがISAOのあたり前だということを伝えるために、僕が4時間ほど研修するんです。
坂東:へ~!社長が直接?
中村さん:そうですね。必ず僕がやります。一方的に話すというよりは、みんなに考えてもらう時間がけっこう長いですね。
坂東:なるほどなるほど。
中村さん:スピリッツの中に、『オープンにつながる』っていう言葉があるんですが、ISAOでは、それがいかにエクストリーム(徹底的)に実行されているか、働く中で徐々に腹落ちしていくんだと思います。
あるプロジェクトのリーダーも、別のプロジェクトではいちメンバーになる。
坂東:『バリフラットモデル』についてもう少し伺いたいんですが。
中村さん:究極的にオープンで究極的にフラットな組織を追求しようという想いは最初から持っていました。ただ、その時点で役職も部署もなくすというイメージはなかったですね。
坂東:そうだったんですね。
中村さん:役職がなかったら組織はどう機能するんだろう?と思っていたので。だって、役職が無い組織運営の経験なんてないじゃないですか。サンプルも世の中にないですよね。
坂東:確かにそうですね。
中村さん:なので、役職ゼロのイメージはなかったんです。きっと最低限の役職は残るだろう、と。でも、2015年になって、役職がなくても組織運営する方法を見つけたんですよ。
坂東:いったいどんな?
中村さん:それが今のバリフラットモデル。全ての部署をなくし、プロジェクト制に移行したんです。
坂東:プロジェクト制と部署制の違いがわからない人も多いと思うのですが。
中村さん:確かにそうですね。部署って、基本的にその部署の仕事以外はやらないじゃないですか。部署に囲われているというか。ISAOのプロジェクト制は考え方が逆で。社員がプロジェクトに囲われることがないんです。フレキシブルに、自分のリソースを様々なプロジェクトに配分していく。
坂東:掛け持ちも多いんですか?
中村さん:掛け持ちは当たり前。儲ける責任のあるコアプロジェクトと、新サービス等に挑戦するチャレンジプロジェクトを、一人が複数兼務していますね。
坂東:そうなると、部署制とは大きく認識が変わりますね。役割が固定化されない。
中村さん:そうなんです。あと、すべてのプロジェクトにはプロジェクトリーダーがいて、最終的な意思決定はプロジェクトリーダーがやると決めています。メンバーの誰がなんと言おうと、最後はプロジェクトリーダーが一人で決める。
坂東:多数決は禁止なんですね。
中村さん:そうです。ところが、そのプロジェクトリーダーも別のプロジェクトに行くとメンバーの役割を担っていたりするんです。つまり、部署の部長やマネージャーのように、固定して偉い人ってうちにはいないんですよ。
坂東:なるほどなるほど。仕組みとして偉い人ができないようになっているんですね。
中村さん:そうですね。プロジェクトリーダーも役職ではなく役割でしかないという考え方です。
坂東:プロジェクトリーダーだから偉いというわけではない?
中村さん:そうそう。それは僕も同じで。僕はISAOの経営プロジェクトのリーダーなので、ISAOのめざす方向を決めて、そこにみんなで向かえるようにリードする存在。でもまた別の、たとえばブランディングプロジェクトの中では、僕はリーダーじゃなくメンバー。プロジェクトリーダーから言われるがままに「ここで話せ」とか「ここで写真撮って」という依頼に応えていく。それが、ブランディングプロジェクトにおける僕の役割なので(笑)
坂東:なるほど(笑) 非常によくわかりました。
階層の破壊によって、業績は悪化しなかったの?
坂東: 人事制度に加えて、プロジェクト制によるバリフラットモデルの導入など、かなりドラスティックに組織を変えていったわけですが、一時的にせよ売上が下がることはなかったですか?
中村さん:そんなに下がらないですよ。
坂東:マジですか?!
中村さん:いや本当に(笑) だって、無駄なことを無くしていっただけなので、良いことしか起こらない。下がりようがないですよ。
坂東:そうなんですね。役職制度が廃止されて、プロジェクトリーダーが決定権を持つようになるということは、今まであまり意思決定の経験がなかった人も、そういう場面に直面するわけじゃないですか。
中村さん:そうですね。リーダーの数は増えましたし。
坂東:それまで役職者が決めていたことの責任を、他の人にも分散させていくということですよね。要するに、みんな何を心配しているのかというと、「若手に正しい意思決定なんてできるのか?」ということだと思うんですよね。
中村さん:なるほど。そういう意味でいうと、例えばISAOの業績の3分の1を担っている事業があるとして、そこに「はい、僕やりたいんです」と新入社員が手を挙げたからと言って、リーダーをやらせるなんてことはないです。
坂東:ある程度コントロールするというか、適切なリーダーをきちっと決めるということですか。
中村さん:なんとなく、きちっと決めます(笑)
坂東:なんとなく、ですか(笑)
中村さん:年齢や経験で切るとか、そんなルールは何もないんですが、みんななんとなくわかるんです。「こいつには任せられるな」「こいつには無理だな」とか。それだけです。
坂東:なるほど、なるほど。
中村さん:別に僕とかベテランが偉そうに決めなくても、みんなわかってるんですよ。大事なプロジェクトのリーダーを、スキルのない人に任せたら失敗するなって。だからちゃんと、その場の空気で適切な人に決まっていくんです。
坂東:カルチャーができているからでしょうね。でも、多くの役職者は「大事な意思決定を若手には任せられない」という固定観念を持っていますよね。
中村さん:そうですね。でも、自分だけが意思決定できるなんて、そんな馬鹿な話はないですよ。
坂東:その固定観念を手放させるのは大変じゃなかったですか?等級をガラガラポンする前は、役職者がたくさんいたわけですよね?
中村さん:2015年にバリフラットを導入した当初は、もともとそのプロジェクトを担当していた部署の部長みたいな人が、プロジェクトリーダーをやっていました。ただ、プロジェクトは徐々に細分化されていくので、次々に新たなリーダーが求められる。自薦、他薦でリーダーはどんどん増えていくわけですが、当然そこにはリーダーとしての振る舞いが求められるわけですよね。「リーダーなんだからちゃんと決めてください。引っ張ってください」と。
坂東:確かに。
中村さん:で、メンバーから、リーダーとしてふさわしくないと思われれば、降りるしかない。
坂東:リーダーとして正しく振舞うためのトレーニングみたいなことはやられたんですか?
中村さん:特にないですね。というか、日々のOJTだと思います。どんな小さなことだって、成長の機会にも、アピールの場にもなる。忘年会の幹事だろうが、花見の幹事だろうが、リーダーシップって求められるじゃないですか。決めなきゃいけないし、周囲を巻き込んで動かさなきゃいけない。そんな中で「こいつできるな」とか周りもだんだんわかってくるわけです。
「成長したくないんだったら、辞めたら?」
中村さん:これまでの話でまだ出ていないんですが、ISAOでは『社員の成長』をものすごく重視するカルチャーがあります。『社員の成長』は会社から個人に対しての貢献だと捉え、成長できる環境を押し付けている。
坂東:押し付けて、いるんですね(笑)
中村さん:そうですね。「成長したくないんだったら、ISAO辞めたら?」くらいの押し付けがましさがありますね。
坂東:それはすごいですね(笑)
中村さん:なぜそこにこだわるかというと、会社って、めざす方向に共感したメンバーが集まって、ミッションやビジョンといったゴールをめざすじゃないですか。社員の仕事は、ミッションやビジョンの実現につながっており、それが結果的に会社貢献になるわけですよね。
坂東:そうですね。
中村さん:じゃあ、個人にとってどんな良いことがあるんだと。クオリティオブワークが高いとか、良い価値観の中でみんなが良い感じで働けるとか。それも良いんですけど、物足りないんですよね。ISAOにいれば、良い環境の中で働けて、かつめちゃくちゃ成長できる。これこそ、会社から個人に対しての最も大きな貢献なんじゃないか、と。
坂東:なるほど。それはものすごくISAOらしい考え方。
中村さん:バリフラットにして、情報をオープンにして、社員のアウトプットを結集してビジョンを叶える。それだけじゃ片手落ちなんです。個人に対して、ISAOに来てくれた一人ひとりに対してISAOがどう貢献できるかを考えないと。そしてそれは、ISAOにいることで成長して、市場価値を高めていくことだと僕は信じています。
坂東:新しく入る人は、そこに共感していないと厳しいですね。
中村さん:そうなんです。割とフラット型の組織を標榜する会社って、個人の自主性を尊重して、何やってもいいから楽しくやろうよ、という感じだと思うんですが、ISAOは全然違う。がっつり個人の成長や目標を追いかけてもらう。
坂東:ハッハッハ(笑) 事業計画とかもあるんですか?
中村さん:もちろんあります。数字もちゃんと見ています。けれど、会社の数字目標が達成しなかったからといって社員にどうこう言うことはない。それ以上に、各自の成長目標にこだわってほしいんです。僕も成長を追う。だから、全員追ってくれ、と。若い人だけじゃなくシニアも同じ。これがうちの一番の特徴じゃないですかね。
坂東:「全員で成長しようぜ」という強い想いがコアにあり、それが全てカルチャーや組織構造と紐づいているんですね。
中村さん:そうですね。わかりやすい例で言うと、デザイナーだろうがエンジニアだろうが、全員に“英語”と“管理会計”は勉強しろと伝えています。
坂東:英語と管理会計ですか!?
英語も話せない。管理会計もわからない。そんなダサいビジネスパーソンは、いやだ。
中村さん:英語については5年ほど前に社員の前で宣言しました。ある英語のテストを実施して、一定の点数をクリアできなかった人は昇給させません、と。
坂東:会社もグローバル化していくから、ということでしょうか?
中村さん:日本語でやれるビジネスって今世界のマーケットで見て何%あるの?という話です。GDPで考えたら4~5%しかない。ところが英語ができるようになった瞬間に、60%~70%に広がる。そもそも僕たちのビジョンを追求していくと日本にとどまる選択肢はあり得ない。日本人以外もお客様になり得るし、日本人以外とチームを組むことも増えていきます。
坂東:なるほど。
中村さん:日本だけですからね。係長以上が英語も喋れないなんて。
坂東:そうなんですね。
中村さん:中国の方が下というデータもググったら出てきますけど、あれ嘘ですよ。中国のホワイトカラーはみんな日本人より英語が上手。そこそこのビジネスマンで英語が喋れないのはこの広い世界で日本ぐらい。
坂東:そこまではっきり言われたら、やらざるを得ないですね。
中村さん:ところが、ここまで言っても動きは鈍いんですけどね。英語しか喋れない社員を採用したり、英語以外の言葉を制限したミーティングを実施したり、そういう細かな施策を打っていくしかないです。
坂東:なるほど。やっぱりそういうカルチャーは時間をかけて根気強くつくっていくしかない。
中村さん:そうですね。でも、世界を意識したミッションやビジョンを掲げておいて、英語も話せないなんて、九九もできないのに有名私立を受験しようとしている子みたいで恥ずかしいじゃないですか。努力もせずに夢だけ語る。そんなダサいことないですよね。
坂東:皆さん、そこのビジョンには共感しているわけですからね。
中村さん:そういうことです。
坂東:管理会計を勉強しろというのは?
中村さん:デザイナーもエンジニアも、実践的なPL、BSが読めて、全員がプロジェクトリーダーを担えるようなナレッジを持つことを目標にしています。
坂東:それはプロジェクトリーダー以外も?
中村さん:全員です。なので、まずは一人ひとりの管理会計スキルを把握するためにテストを実施しました。そうしたら、多くの人がレベル1にもたどり着かなかった。衝撃でした。それから定期的な研修も実施するようになって。財務経理担当の中には『全社員の会計レベルを定量的にこれだけ上げる』という目標を持っている社員もいるくらいです。
坂東:会計をそこまで重視するのは?
中村さん:会計がわからないと、ビジネスがわかりませんから。あと、ビジネスパーソンとしても会計がわからない人はお子ちゃまに見える。
坂東:ハッハッハ(笑)
中村さん:例えば転職活動するときに、会計がわかり、会社運営やビジネスの構造も理解して、チームリーディングもできるエンジニアと、コードしか書けないエンジニア。どっちが重宝されるか、というと完全に前者じゃないですか。ISAOでは全員がそうあってほしいんです。
坂東:なるほど、なるほど。
中村さん:僕は離職率があまりに低い会社は不健全だと思っていて。例えば、ISAOのビジョンとは離れたチャレンジしたくなったら、選択肢は卒業しかない。でも、その際にISAOに入った時より上のレベルでスタートできないと困っちゃう。だから、成長がすごく重要なんです。
坂東:昔から成長にかける想いは強かったんですか?
中村さん:ISAOに来る前からずっと思っていましたね。30前後の人が転職する理由ってだいたい「成長環境が無いから」って言うじゃないですか。若いころはみんなそう思っている。
坂東:確かに。優秀な人ほどそうかもしれません。
中村さん:ISAOでは、シニアの年代でもそういう価値観なんです。
坂東:ハッハッハ(笑)やっぱりカルチャーが染みついているんですね。今日は本当に面白かったです。ありがとうございました!
中村さん:こちらこそ、ありがとうございました!
取材を終えて ー手放すラボ所長坂東のあとがきー
中村さんは、見た目もスマートだし、オフィスもオシャレ。
でも、中身はいまどき感のある第一印象と真逆で“激アツ”でした。
特に印象に残ったのは2つです。
ひとつには、社員がISAOに所属するメリットを、意識して設計している点。
そしてそれは「成長できること」だと。
「エンジニアだろうと、英語ができたり、管理会計が読めたりするべきだ。
それが世界に通用するビジネスパーソンなのだ。」
それは「福利厚生」といったレベルではなく、中村さんの信念です。
「暑苦しくても、押し付けますよ」という、中村さんの本気の想い。
人によってはおせっかいだと思われるでしょう(笑)
でも、そこに共感する人にとっては強い求心力になるのです。
ふたつめは「組織文化は時間がかかるもの」という認識をしていたこと。
「バリフラット」という名称からは、大胆にスピード感を持ってやってきたような印象です。
しかし
「ベースができるまでに3年かかったが、もう一度やっても2年半はかかると思います」
「給与の公開までは、5年かかりました」など、じっくりと、慎重に取り組んできたきたことを話してくれました。
企業には、事業を創り育てていくことと、組織(文化)を創り、育てていくことの、2つの軸があります。
経営者はつい、最速で結果を出したくなりますが、両者は時間軸が違うのです。
そのことを社長就任時から認識して取り組んできた中村さんは素晴らしいと感じました。