自分でやってみて気づきました。在宅勤務って超不便!
坂東:『管理ゼロ』というやり方をスタートさせたのは、いつごろですか?
倉貫さん:2011年創業なんですが、『管理のない会社経営』と言いだしたのは3、4年くらい前ですね。創業時から『納品のない受託開発』というビジネスモデル(月額定額の顧問スタイルで、作るものが決まっていない段階から相談に乗り、ビジネスの成長にあわせて、ソフトウェアも育てるスタイル)で仕事をしています。月額固定で開発と運用をセットにして、働いた時間ではなく成果を約束しているので、お客様先に行って働く必要がないんです。しかも、打ち合わせもテレビ会議にさせてもらっています。それで、地方に在住して在宅勤務する社員も増え、一般的な会社よりだいぶ柔軟に働けるなという感覚はずっとありました。
坂東:なるほど。当時はリモートワークみたいな言葉もなかったですよね。
倉貫さん:そうですね。だんだん、テレワークとかリモートワークが注目されるようになり「そういえば僕らはずいぶん前からそういう働き方してるね」という話になったんです。それで、僕たちなりの会社の経営スタイルについてまとめたのが3、4年前。ずっと『納品のない』って言ってきたので、『〇〇がない』っていうのがうちらしいよね、と『管理のない会社経営』という言葉で表現していました。
坂東:それで本も出されましたよね。
倉貫さん:そうですね。キャッチーにするために「管理ゼロ」に変えましたが。
坂東:ただ、多くの人は本を読んでもなかなかマネできないと思うんです。『管理ゼロ』への道は果てしなく遠い。そういう意味で、倉貫さんが何からスタートしたのかというプロセスをお聞きしたいのですが。
倉貫さん:最初というわけではないですが大きかったのはワークスタイルの転換です。全員が在宅勤務に移行する前は普通にオフィスがあったので、東京近辺に住む大半の社員は普通に出社していました。ただ、在宅勤務の社員が50%を超えるようになったころ『在宅派』と『オフィス派』みたいなかたちに派閥とまではいきませんが断絶があるような感じになってしまって。
坂東:ワークスタイルとしては、どっちがいいんだという議論に?
倉貫さん:そうです。とはいえ、働き方を統一しようにも地方勤務の社員も増えていたので、全員を東京に集めるというのは現実的ではない。そこで、じゃあ全員を在宅勤務にしよう、と決めました。でも、みんな今まで普通に出社していたので、いきなり「明日から在宅」って言っても全然してくれないんですよね。しかも、よくよく考えたら僕自身も毎日出社しているな、と。そりゃ自分が会社に行きながら、みんなに在宅勤務を勧めてもダメですよね。そこで、自分からやろうと決めて、在宅勤務をはじめました。そうしたら、いかに不便か気づいたんです。
坂東:えっ!在宅勤務は不便だったんですか?!
倉貫さん:通勤時間がないのは良いんですが、会社にある書類がすぐにみられないとか、ちょっとした声掛けがしづらいとか。何よりいちばん嫌だったのは、テレビ会議が終わった後の孤独感。会議の後ってみんな雑談するじゃないですか。あれが楽しいのに、そこに参加できない寂しさがすごくあって。
坂東:会議の後って、みんなリラックスしてますもんね。
倉貫さん:そうなんですよ。それで、在宅勤務でもみんなと雑談でワイワイ盛り上がる感じを再現できないかと考えて『バーチャルオフィス』というのをはじめたんです。
坂東:オリジナルで作ったんですか?
倉貫さん:はい。当時から色々なチャットのツールも使っていたんですが、どれも目的のあるコミュニケーションのためのツールなので、これと言って目的のない雑談はやりにくい。たとえば、10人が「おはようございます」って書くと、未読が一気に10通溜まりますよね。
坂東:チャットでそれをやられると、確かに嫌ですね。
倉貫さん:もっと気軽に書き込めるものがよかった。で、気軽さって何だろう?と考えたときに、通知はないけど、全員の書き込みが見える掲示板みたいなものがあればいいんじゃないか、と。加えて、相手がPCの前に存在していることが把握できたらなお良い。そういうツールを探しても無かったので自分たちで作りました。バーチャルオフィスの画面を開くことを、うちでは『出社する』って言うんです。これがあればどこでもみんなと気軽に話せるので、在宅勤務の寂しさはまったくなくなりましたね。結果的に、220平米もある大きなオフィスに、3人ほどしか出てこなくなった。僕らの最大の失敗は、あのオフィスを借りてしまったことかもしれません(笑)
優秀なプログラマーほど『1人月』という発想が大嫌い。
坂東:今は部署もなく、上司も存在しないんですよね?
倉貫さん:社員を日本中に分散したので、だったらマネジメントも分散しよう、と。つまり、一人ひとりがちゃんとセルフマネジメントしようねという風に変えました。あと、事務的な業務も分散させています。経費精算とか請求書の発行とか。もちろん、僕も自分でやる。権力や業務をどこかに集中させちゃうと、そこがボトルネックになってしまうので。
坂東:そうした考えは、いかに成果を効率的に上げるか、というところに紐づいているんですか?
倉貫さん:まさしくそうです。僕らの会社は、楽して成果を上げることをとても重視していて。24時間働いて普通の人の5倍の年収もらうより、人の半分しか働かないのに普通の人より少し多い給料をもらうほうがいいというコストパフォーマンス重視の考え方なんです。
坂東:そこがすごく面白いですよね。普通の人が8時間かけている業務を2時間で終わらせて、残りの6時間何もしなければ、普通はサボっていると言われますが……。
倉貫さん:うちだと褒められる。そのほうが健全じゃないですか。日本だと、どうしても時間至上主義みたいなところがあって、時間いっぱい働かないと価値がないみたいな。でも本当は、価値ある仕事さえできていれば、時間は関係ないんですよね。
坂東:IT業界には『一人月』みたいな言葉があるからなおさらそういう発想になりそう。
引用:※ある仕事を完了するために必要となる時間を、月数と人数で算出する指標のこと。1人が1カ月働くことを「一人月」と数える。システムの開発費用などを算出する際に用いられる。
コトバンクより
倉貫さん:優秀なプログラマーほどあの仕組みが嫌いなんですよ。短い時間で価値を出した方がカッコイイというのが良いプログラマーの価値観なのに、短時間で成果を出しても、のんびりダラダラ働いても、同じ一人月で見られてしまう。
坂東:今の働き方改革の風潮はどう思いますか?
倉貫さん:もちろん残業時間を減らすことは大事ですが、闇雲に働く時間を短くしようというメッセージは、前提が違っている部分もあると思います。
坂東:前提からですか?どういうことでしょう。
倉貫さん:どうしても労働者の仕事は辛いものだ、という前提に立っている感じがするんですね。まず、それが間違っている。そうじゃなくて目指すべきは、仕事そのものが楽しくなることじゃないですか。僕らはよく『遊ぶように働く』というキーワードを使っているんですが、外から見ると遊んでいるのか働いているのかわからないくらいだけど、実はしっかり価値を出しているというのがいちばん良いと思うんです。「仕事は辛いもの。だから短くしましょう」なんていう印象を与えてしまいかねないのは、本当に良くないと思います。
坂東:若い子たちも、そういう価値観に染まってしまいますもんね。
倉貫さん:これから社会に出ていく若者が希望を感じられなくなってしまう。
坂東:確かに、今の子たちは就職するのが嫌だと言う人も多くいますよね。
倉貫さん:「仕事は辛いものだから短くしましょう」じゃなくて、「仕事は楽しいけど、働きすぎたら体を壊すから、ちゃんと時間のマネジメントをしましょう」と伝わるようにしたいですよね。
プログラマー35歳限界説の嘘。
倉貫さん:あともう一つ、昔からある風潮でおかしいなと思っているものがあります。
坂東:なんでしょう?
倉貫さん:最近はあまり聞かないですが、業界でまことしやかに語られる『プログラマー35歳限界説』です。プログラミングは体力がいるから35歳くらいで管理職にならないといけないね、なんてよく言われているんですが、これはまったくの嘘。アメリカだと年配のプログラマーはざらにいるし、最近では日本でも40代、50代の凄腕プログラマーも増えてきました。なんでそんな嘘が広まったかというと、システム会社の収益構造の問題なんですよね。
坂東:収益構造ですか?
倉貫さん:システム会社は、人月を増やさないと儲からないんです。一人月よりも十人月の方が儲かる。ただそのためには、10人を束ねてマネジメントする人が必要なんですよね。だから、「お前、そろそろ出世して部下持ってマネジメントしないか」と言われる。それは会社都合であって、別にその人のスキルやノウハウが古くなったり、体力がなくなったからというわけじゃないんです。そもそも、35歳で体力がもたないって、どんだけ過酷な仕事なんだという話です。
坂東:確かに(笑)
倉貫さん:せっかくプログラマーとして10年キャリアを積んだのに、それを辞めてマネジメントだけしろというのは、あまりにもったいない。プログラマーが一生プログラマーとしてキャリアを積めるように、会社の構造を変えたくて。その結果が『納品のない受託開発』だったんです。人月で契約しない。お客さんから見ると、僕らは何時間働いているか見えないけれど、ちゃんと成果を出している。ベテランになればなるほど、短時間で成果を出せるようになるので、体力も使わなくなる。いちばんハッピーじゃないですか。
坂東:『納品のない受託開発』では、社員それぞれが個別に取引先を持っているんですか?
倉貫さん:そうですね。顧問弁護士みたいなもので、『顧問プログラマー』と呼んでいます。
坂東:経験やスキルによっては、そうした働き方ができない人もいるんじゃないですか?御社には若い人や未経験の人は入ってこないとは思いますが。
倉貫さん:いいえ、うちは新卒も採用しているので未経験者もいますよ。
坂東:えっ!?
倉貫さん:もちろん、いきなり顧問先を持つのは無理です。寿司職人と同じで、いきなりカウンターでお客さんに寿司を握ることはできない。そうした、一人前未満の社員のことを僕らは『弟子』と呼んでいて、顧問プログラマーの仕事を手伝いながらスキルを身に付けていきます。
坂東:そうなんですね。リモートでもそれは可能なんでしょうか?
倉貫さん:常識で考えると無理ですよね。僕もそう思っていました。だから以前は、新入社員は全員東京オフィスに勤務させていたんです。大学を出たばかりで、いきなり在宅勤務なんて無理だろう、と。
坂東:新人は目の届くところで育ててあげなきゃと思いますよね。
倉貫さん:そうですね。ただ、育てる必要はあるけど東京のオフィスに出社させる必要はあるのか?と疑ってみたんです。そこでおととし、ある1年目社員に最初から在宅勤務をさせてみました。その社員は、一度も通勤電車に乗ったことないですよ(笑) もちろん人によるとは思いますがそうやって常識を疑って実験してみたら、やれるということがわかった。今は、1年目であろうが未経験であろうが、その人が在宅勤務できそうだったらやらせています。
坂東:個別対応をしているんですね。
倉貫さん:一律全員会社に来させるということをやめました。新卒は全員東京に来なきゃいけないという思い込みは思考停止だな、と。僕たちは、思考停止という状態が好きじゃなくて。きちんと一人ひとりを見て、最適な働き方を考えるようになりましたね。
業界の常識を疑い、新しい働き方を追求してきたソニックガーデン。次回はいよいよ、評価制度を撤廃したプロセスと、その影響について迫ります。