2014年、治療目的に合わせた4階建ての歯科医院をオープンさせた「大月デンタルケア」は、日本で唯一託児所のある歯科医院。
1階ごとに治療目的に合わせたフロアを設置し、お子さまからお年寄りまで、家族全員で通える歯科医院として診療をされています。
今回は、そんな特異な歯科医院「大月デンタルケア」の理事長である大月晃先生に、これまでの葛藤、そして今後の展望についてお話を伺いました。
目次
- ・歯科医師になったのは不純な動機
- ・想像とまったく違っていた歯科医師の世界
- ・歯科ビジネスから矛盾した選択
- ・自分がスターにならなくても業績が上がる葛藤
- ・4階建てクリニック建設の決断
- ・社会貢献の本当の意味
- ・クリニック内に保育施設を設置
- ・予防の極み「MAP]」の開発
- ・ティール組織を当てはめると自己矛盾を感じる
- ・今後の展望
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歯科医師になったのは不純な動機
私の父は内科医だったので、周りの人間は、私が歯科医師になったことは自然なことだと感じたでしょう。でも実は私は元々医療系にまったく興味がなかったんです。
私には兄と姉がいて、父は彼らには立派なことを言っていましたが、末っ子の私には「医者はつまらないなぁ」とぼやいていました。
たぶん親も私が医者になることなんて期待していなかったのでしょう。
まぁ昭和の人間ですから、そういう兄妹の順序みたいなものを気にしていたようにも思います。笑
ところが、兄も姉も医者にならなくてね。そこで末っ子の私でも責任感を覚えたんでしょうか。自分がなろうって、なんか思っちゃったんですよね。
ただ、そんな曖昧な希望だから、絶対これ! というものもなくて、地方の医学部か医科歯科の歯学部に行って適当に医者になれたらいいな、くらいの感じで考えていました。
その時、歯医者になろうと選んだ理由は、内科医の父のところはいつもおばちゃんばかりだけど、歯医者にいくと綺麗な子がたくさんいるな、っていうのが本音でした。私、男子校で育ったんでね、歯医者さんって天国だな、って思っちゃったんですよね。
そんなところで毎日働けたら幸せだろう、って。はい、不純な動機です。でも若い頃のモチベーションなんてそんなもんでしょ?笑
想像と全く違っていた歯科医師の世界
だから、歯科医師になったら、毎日天国だと思っていたわけですよ。
でも開業してみたら、ぜんぜん違っていました。
不動産屋へ行ったとき言われた言葉は今でも明確に覚えています。
「また駅前に歯医者かよ。歯医者なんてハイエナみたいなもんだね。土地が空いてると思ったらすぐに入り込んでくる」
唖然としましたね。
まったく社会から認められていない。
私は何のために今まで勉強をしてきたんだって。それからしばらくは、いつか辞めたい、もっと認められるような仕事をしたいという気持ちの方が大きくなって、当時の患者さんには申し訳ないですが、ずっとそんな気持ちでやっていました。
でも、心の深いところで、なんとかしたい気持ちもあって……。
元々、不純な動機で入った世界ですが、やっぱり世の中のためになりたいと思うようになっていて、でも、そうして自分のことばかり考えてしまっている状態が続いていることに、すごく矛盾を抱えて葛藤していました。
そんなとき、ある人に言われたんです。
「社会貢献するのが先」社会貢献を先にしないで、人様に自分の言いたいことを聞いてもらおうなんて傲慢だ、と。このとき、ハイエナと言われたことが思い出されて、今の歯医者にはこれがなかったのか、と思い知ったんです。
歯科ビジネスからは矛盾した選択
それで、私なりに考えたのが、今の社会に一番重要なのは「予防」ということ。
インプラントや矯正が悪いとは言わないけれど、虫歯や歯周病なんて絶対予防できるんです。
予防すると、食い扶持がなくなるから予防しないのがまぁ歯科業界では暗黙の了解なんですけど、やっぱり予防だと思ってね。
正直、他の歯科医師の方が真剣に予防歯科にシフトできない理由はわかっていて。
1、徹底的に儲からない可能性がある
2、ドクターとして面白くない
1つ目の、徹底的に儲からない可能性があるというのはわかりますよね。世の中から虫歯がなくなったら、歯医者に来る人もいなくなる。歯医者としては食いあげてしまいます。
2つ目は、歯医者なりの視点なので少し説明すると、外科処置とか私自身もすごく好きだし、それをやめるってことは、大学で習ったことをやらない人生になる。
いろんなことを捨てることになるんです。多くの人がその葛藤に打ち勝てない。
治療型は、ドクターがスターなので、私にしかできないことをやっている自負があってそれが喜びなんですね。
でも予防型になると、スターは助手の子たち。
自分は裏方に立って、どうやったら業績がプラスになるかをただ考えるだけの立場になる。
主役でなくなっていくことを目指さなければいけないことへの葛藤はなかなか拭えず、スタッフに余計な口出しをしてしばらくは主導権は渡さずに主役に行こうと思っちゃってました。
自分がスターにならなくても業績が上がる葛藤
でも次第に、予防患者が増えてくると、売り上げが上がっていくことがわかってきました。
リアルに数字を突きつけられると、理解せざるを得なくなります。
多少の葛藤はありましたが、だんだんと自分の態度も変わってきましたね。
最初は、助手の子たちに対して、さほど期待なんてしてなかったんです。美人な子がいたら業績が上がるだろうと単純に思っていた時期もあって、それで反抗的な態度で接してくる子に対しては、酷いことも言ったようにも思います。
でも、蓋を開けてみると、そういう反抗的な態度を取ってた子ほど業績がいい。
反抗的な態度だって、仕事を真剣に考えてたから、そういう態度になっていただけだって、反省しましたよ。
最初の試行錯誤する時期だったと思いますけど、「愚かだな、自分」って思いました。まぁ自分の愚かさを知ることができたのは幸せだと思っています。
4階建てのクリニック建設の決断
予防歯科を取り入れてから、スタッフのおかげでだんだんと患者さんも増えてきました。
そこで、規模を広げようと決めたんです。ここでも正直、大きな病院をつくったら評価されるんじゃないか、という思いがありました。
元々、「ハイエナみたい」と言われた歯医者ですけど、規模を大きくして自社ビルで開業すれば、もうそんなことは言われない。地域に必要とされる歯医者を目指そうと思ったわけです。
ただ実際、承認してくれたのは第三者だけ。家族には猛反対されましたよ。
ただ、もう決めたことなので、その頃は、自分でもわからない何かに突き動かされるように無我夢中で進みました。
実際、2014年にビルが出来上がって、その時期が一番の葛藤だったんじゃないですかね。それから2、3年はもう本当に必死。
この規模のビルを建てちゃって本当に運営していけるのか? って。元々、このビル建てているときも、ワクワクするどころか、ビクビクしてて。ビルの前なんて怖くて通れなかったんです。
社会貢献の本当の意味
他人から見たら「自分で決断したのに?」と不思議に思うかもしれないけど、これにはもう一つ面白い側面があって、うちの家系は社会貢献的なことを話すのが得意というか。それが幼い頃から身についちゃってるところがあって、「予防歯科」について思っていることを話したら税理士さんや銀行の人がめちゃくちゃ評価してくれたんですよね。
「それはぜひやりましょう」って。
それでどんどん進んでいっちゃう感じでした。私としては、とても不思議な感覚だったんです。
「何かが私に言わせてるのか?」みたいな。
今まで1億円の借金なんてしたことないのに、借金3億円とか言われてるんですよ。「カッコつけたけど、どうしたらいいんだ?」っていう気持ちが、3、4年はあったんじゃないですかね。
もちろん、周りにも私の思いは伝わってましたよ。だからみんな協力してくれたんじゃないですかね。
「こいつかわいそうだから……」って思ったんじゃないかな。笑
それで、クリニックが大きくなる過程の中で、私の中で感謝の気持ちもすごく大きくなったんです。古い言葉でいうと「義理」ですかね。昭和の父からはよく言われてました。「義理は絶対に大事にしろ」と。
こうして、皆さんのおかげで今の大月デンタルケアはあるわけで、私は地域社会に対して義理をすごく感じています。最近、私はようやく、社会貢献の本当の意味がわかってきた気がします。
クリニック内に保育施設を設備
だから、スタッフたちのおかげでここまで来れた。と本気で思えたとき、スタッフたちが子どもを産むなら、託児所をつくろう! そう自然と思いました。
ただ、一筋縄ではいきませんでしたね。日本の歯科では院内保育は前例がなかったし、役所では何かあったらどうすんだ? って門前払いです。
それでも、「やりましょう!」と動いてくれる子がいて。何か月もその子が交渉をしてくれて、この時も結局人の手を借りたわけですが……あれよあれよと出来上がったわけです。
コストのことを気になってる人がいると思うので、少しお話します。
普通なら目処がたたなければやろうと思えないかもしれないけど、それが違うんです。
私は、以前から医療の社会奉仕活動をしていたので、トータルでなんとかなるっていうことが感覚的にわかってたんですよね。
たとえば大病院の経営でも緊急外来は赤字でも黒字部門があるから大丈夫という部分がある。トータルで取れればOKっていうのが根底にありましたね。とはいえ、細かい計算はできないから無理なんですけど、ただざっくりと社会的な支持が得られれば、経営は成り立つだろうと思っていました。
最終的には、育児しながら仕事をするうえで、子どもたちがスタッフたちの傍にいること、これが一番大事なんだろうってわかっていたので、何が何でもやるべきだ、とは思っていた、というより、そう決めていましたね。
回収ができたかというと、それは、なんだかんだ儲かりはしないけど、困らない程度にはなるんだという感じでした。実際、患者さんが支持してくれるから、やっぱり世の中うまくできていますね。
歯予防の極み・歯科矯正「MAP」の開発
歯医者さんの概念を覆したのが、この小児矯正「MAP(Myofunction alignment program)」だと思っています。
MAPと矯正の違いをいうと、矯正は乱れた歯並びやかみ合わせなど今起きていることに対して治療しますが、MAPは乱れた歯、小さい顎の原因が何か?にアプローチし、原因を治療します。原因を改善しなければ、また同じような状態に戻ってしまうからです。
私は、最初に子どもの予防歯科と考えたとき、虫歯予防だと思ったんですが、本を読んでいると、どうも歯並びが悪い子が増えているらしい。実際、学校に定期検診なんかで行ったときにヒアリングしても、そうだと言います。
日本にはまだMAPを導入している医院数が少なかったので、外国から取り寄せて英語の本を熟読しました。実に、先進国の8、9割は歯並びが悪いんです。歯並びが悪いと、舌の位置が下がり、喉を閉めることになり、睡眠時無呼吸症候群になったりします。
アメリカでは、30%以上の男性が睡眠時無呼吸症候群で、さまざまな病気の原因にもなります。
これを予防するべきだ、と思ったんですね。そこで、MyobraceMEMBERの存在を知り、本拠地のオーストラリアにも学びに行きました。(※MyobraceMEMBER:本拠地であるオーストラリアのMRC社が定める施設基準や症例数の基準を満たしたクリニックのこと)
当時は、ドクターがそれを実施していたんですが、なかなか上手くいかなかったんです。実際に現場でやっているスタッフたちとの連携が上手くとれなかったというのが原因だったかもしれません。
でも、その後、MAPの重要性をわかっているスタッフたちが自主的に時間をかけて現場でのオペレーションを作り上げていきました。
私自身、関わっていないんですが、自然とできていましたね。幼児期、児童期、青年期、それぞれ違う人が担当しているのも面白いところだと感じます。幼児期は保育士ですが、そのあとは無資格者です。
その連携は、私からみても本当に立派なものに仕上げてくれたと思います。みんなで本気で良いと思うものを形にしようとする、そんな魂でつながっているからこそできたものでしょうね。
ティール組織をあてはめると矛盾を感じる
進化型組織って言われても、正直、私自身よくわかっていません。自由とか自律とか言ってますが、自己矛盾は感じています。
ティール組織を目指そうとしても、難しいと感じているのが率直なところです。
ティール・グリーン・オレンジ的な人がそれなりに組織にいて、レッド的な人はあまりいないとしても、病院全体の意思決定や行動にどう影響を及ぼしてくるのか、って結構難しいと思っていて。
オレンジ的(※1)な人が、結局主導権をとってしまう気がしているんです。グリーン的(※2)な人は、何となくムードメーカーになってるけど、力はない気がするし、ティール的(※3)な人はそもそもこの場にいることに執着がない。
- ※1|オレンジ:ヒエラルキーが存在するピラミッド型の組織。目標達成に重きをおく。
- ※2|グリーン:人間関係重視のボトムアップの組織。個々人の意見を尊重する。
- ※3|ティール:個人も組織も進化する生命体のような組織。ヒエラルキーは存在せず、個々が自分らしさを発揮しながら意思決定する。
独裁的なことをやめましょう、って言うけれど、トップがいなくなっても代わりが必ず出てくるんですよね。今のクリニック内のスタッフを見ていると、必ずそうなる。
実は、1年くらい放っておいてスタッフに任せているんだけど、ミスを繰り返すからね。ちょうどこんな時期に手放すラボが取材にくるのか……と思ったよね。笑
正直、毎日迷っている時期です。
現状、ティールみたいにやろうとすると、みんな仲良く楽しくやって行きたいという気持ちが強く出ると思います。嫌われたくないとかね。日本全体がそういう空気な気はするけど、そうすると、みんな平等に楽しくやっていこうという中で、「これダメなんじゃない?」と言える人がいない。
出る杭は打たれるような空気感があると、上手くいかないような気がします。
あと、大きな課題としては、私は『働いている人が幸せになる』ことと『社会貢献』を同列に大切だと思っているんですね。でも、働いているスタッフは社会貢献にそこまで興味がない。目の前の環境整備しか見えていなくて、半径5mを超えてやろうっていう問題意識がないんですよね。
目の前の患者さんに誠心誠意に、というのはもう大前提なんだけど、じゃあ、そこから先、どう社会貢献する? っていう視点がない。その違いは大きいかな。だからいま、うちではティール組織を目指すと言っても、頭を抱えてしまう……というのが正直なところです。
でも、ティール組織が目指すところは、トップが指示を出して成果を出す従来型とは違って、スタッフが自主性を持って組織を作っていくことです。
MAPのオペレーションを作り上げた時に見せてくれたような自主性の芽生えをもっと伸ばすことが大事だと思っています。この組織にとって「何が重要か?」っていうのをもっと共有して、スタッフたちと過ごすことが重要なのかな、と日々感じています。
今後の展望
今後は、組織自体をどうやって継続させていくか、が課題だと思います。
理念にみんな集まってきてくれているので、その核を私以外の人間に任せるのか、それとも違うものを据えるのか、正解を探して模索中です。
私自身についても、自分の執着心をどう手放すか? ということもひとつの課題ですね。
この病院のことをずっと考えてきたのに、そこからどうやって身も心も離れることができるのか、どうあっても寿命という期限はあるわけですから、私がいなくなったら組織も全部なくなってしまうようなことは避けたいと考えているので、これから解答を模索していきたいと思います。