■ 手放す経営ラボラトリーでは、“ティール”“ホラクラシー”など進化型組織や最先端の経営スタイルを研究。また自社でも実証実験を重ねており、その様子をYouTubeやコラムでお届けしています。 また、組織をアップデートしていきたいという企業の支援をしています。
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坂東:「今日はゲストをお招きしています。札幌からお届けしています。ゲストはやまはるちゃんと言うんですけど、本名は?」
山下さん:「山下遙香です。初めてですよね?」
坂東:「山下しか知らない。笑。僕は福岡に住んでいるんですが、福岡でやまはるちゃん福岡の大学に行っていて大学生の時にインターンシップとかイベントとかで協力してもらったり、関わったりとか」
山下さん:「懐かしいですね。」
坂東:「すごい昔みたい。去年までいたんだよね?」
山下さん:「今年の1月までいました。」
坂東:「で、福岡にいてインターンシップとかめちゃ頑張ってて、すごい意識高い系の学生だった。」
山下さん「意識高い系だった。笑」
坂東:「だけど今なぜか札幌にいて、就職していると。働いている会社も面白いと。そこらへん何で福岡を手放したのかとか、けっこういい会社に就職も決まっていたのに、そこを手放したのかを聞きたかった。」
山下さん:「ちょっと照れちゃいます、改めて。嬉しい。ありがとうございます。」
坂東:「なんでこういうことになったのかをざっくばらんに聞きたいと思います。で、まず就職は色々考えたと思うんだけど、最初はどう考えてたのかな?」
山下さん:「はい、私は就職活動時代3周くらいしてるんですよね。まず一番最初に就職活動始めたのは3回生でアメリカから帰国した直後。大学3年生の1年間をアメリカに交換留学に行っていて、4年生になって帰国した6月から就活を始めたんですけど、そのタイミングで休学をして就活をしたのが1周目でした。」
坂東:「休学して就活したんだ。頑張ろうと思った?」
山下さん:「超フォーカスって感じで、1年間休学して就活を本気でしようと思ったんです。」
坂東:「そんなことする人いるんだね。」
山下さん「:いますいます。それが1回目なんですけど、一番最初に思ってたのは私はもともと大学受験の時に受験を失敗してて、大学受験失敗したから学歴コンプレックスみたいなのがすごかったんです。」
坂東:「行きたい大学に行けなかった。」
山下さん:「そうなんです。人生で初めて、自分に貼られているラベルで人から見られて、あ、すごいバカにされるんだみたいなのを初めて思って、そもそも思っていたのが大学卒業するタイミングではそういう風に人にラベルで見られない山下遙香という人間で見てもらえて面白いね、すごいね、頑張る子だねって言ってもらえるような人になりたいなと思っていたんです。すごい嫌だったから。」
坂東:「就職したらいいラベルをつくだろうと。」
山下さん:「そうですね。結果たぶん、アメリカに行って自由に生きている人たちを見てすごい素敵な生き方だなと思いながらもやっぱり自分の未完了な気持ちが出てきちゃって就活を一番最初に始めるタイミングは絶対に伊忠商事かキーエンスがいいって言ってて、熱い仲間と熱い仕事をするいい会社に行きたいと思ってて、その当時の私の知識内でいい会社っていうのはその2つだったので、そこに行きたいなというのがあった。そこに行くためにはいわゆるフィルタリングをかけられる選考の部類だと受からないと思っていたので。学歴とかで落とされると思っていたので裏ルートを開拓しなきゃいけないというのがあって、一番最初休学したって感じですね。」
坂東:「裏ルート開拓のために休学した?」
山下さん:「そうです。インターンシップに行ったりとか、日経新聞毎日読んで記事をファイリングして、御社はこういうことを目指していると思っていて、その中で私はこういうことができると思うというのをまとめてしようと思ってた。」
坂東:「バリバリじゃん!すごいね!」
山下さん:「それが一番最初の就活始めた時ですね。」
坂東:「どうだったの?」
山下さん:「途中までそういう感じでやっててインターンシップも行かせていただいていて、結果その中で感じたのは何か違うっていう感じでした。半年くらいそういう活動をする中で出てきて何か違うなぁみたいな。私って大きい会社に入って、お仕事がしたいわけじゃないかもしれないな、他に軸があるのかもしれないなと思い始めてからもっと自分の内側から出てくる、自己分析をしたり、私が働くにおいてどういう価値観を大事にしているのか?を考えるようになりましたね。」
坂東:「それで2周目に入るの?」
山下さん:「そんなこんなで1周目の中で私の中ですごく大切にしてるなと思ったのが、何のために誰とどのように働くかだなと思った。何のためにみたいなのが私にとっては、ずっと誰かを幸せにする仕事をしたいなと思ってたんですよね。それが誰でどんな手段でなんだろうってずっと考えてた。誰とっていうのが私はもともと陸上部だったんですけど、本気の仲間と本気でぶつかり合う中でしか感じられない腹の底から嬉しい、鳥肌が立つような感動ってあるなって思って、お腹の底から嬉しいっていう感情が私は人生でどれだけ感じられるかが私の幸福度を左右するなって思っていたら、そういう仲間と腹の底からゾワゾワするような感情を感じながら働きたいというのがあって、こういうものを加味した時に1周目で最終的に辿り着いたのが組織というものの可能性にすごく惹かれて、組織というものが秘めている可能性とネガティブなインパクトの両極端があるなと思った。」
坂東:「ネガティブなインパクト?」
山下さん:「組織や集団って人をめちゃめちゃ苦しい感情にしたりとか、死にたいと思う感情を持たせたり、何でもできるという感情にもさせると思って、この差分はすごく大きいからこそ、私はこの両方で苦しんできたし、幸せな感情も感じていたからこそ、こっちの感情を感じられる人が増えたら世の中幸せだなと思って、それで組織コンサルティングの会社に行くって決めてたんですよね。」
坂東:「何か学生の時からティール組織読んだりとか、すごく珍しいなって思った。」
山下さん:「アジャイルなりティールなり、組織のあり方に興味があって色々と読みました。色んな組織がある中でどういうあり方が適切なのか。そういうのを勉強したくて、学生ながらに。」
坂東:「で、上場している組織コンサルティングの会社に」
山下さん:「本当に素晴らしい会社で素晴らしい方ばかりで、大好きな会社です。だけど、私自身の中でその後に色々と九州で、それまで東京でインターンをしてたんですけど、九州に戻ってきて。」
坂東:「休学して東京でインターンしてたところから九州に戻ったと。」
山下さん:「そうです。戻ってきて、九州でもともと働いていたインターン先で九州の拠点を作っていく活動をしていたんですけど、自分の組織のメンバーを自分で採用し、自分でどうやったらチームってうまく行くんだろうって考えて試行錯誤するのがめちゃめちゃ楽しいし、幸せだなと思っているうちに、何かあれ?私、事業会社とかで自分の組織やチームのことを本当に考えていくのはすごく幸せだと思うかもしれないけど」
坂東:「組織をそのものを扱うっていう仕事じゃなくて、会社の中で組織を扱っていくと。」
山下さん:「そうです。自分の所属する会社ではなくて誰かの組織のチームをよりよくしていくということよりも、自分のチームを最後までケツ持つって決めて、腹決めて、試行錯誤していく方が私は好きかもしれないなと思うタイミングがあったんです。それでちょうどそのタイミングでお世話になってた人材系の大手の会社があって、その会社がチーム単位で組織のあり方を変えていらっしゃったりとか、社員からの提案でPDCAが回り、色んな体系が出来上がっているところがすごく素敵だなと思って、めちゃめちゃ尊敬する先輩もいたんですけど、これはホントタブーなんでアカンなと思ってたんですけど、私が覚悟が決まってなかったっていうだけの話なんですけど、内定先を異動して、別の会社に行ったっていうのが就活の2周目ですね。」
坂東:「それ行ったところも有名な会社よね。それで2周目が組織コンサルをお断りして、超有名な会社に内定をもらった?」
山下さん:「そうですね。内定承諾書いただいて内定式に行ったんですけど。」
坂東:「そこまではいとちゅうとかキーエンスではなくなったけど、王道よね。ラベルとしてはめちゃめちゃいいラベルよ。」
山下さん:「そうなんですよね。何かその当時私がラベルを欲してた、自己認知できた意識はなくて、一番最初はラベルを欲していてそういういらゆる素晴らしいラベルがある会社で私自身の熱い仲間と働きたいとかがあって就活したんですけど、そうではなくてラベルとか関係なしに私がこういう世界をつくりたいと思ってた世界があり、それを一緒になしたいと思った仲間がいて、本当に素晴らしい会社さんたちで己の働くにおける価値観や生きていきたい人生をもとに意思決定したつもりだったんですけど、今振り返って思うのがもしかすると、それ自体もちょっと就活病じゃないですけど、誰かが求める自分になりたいみたいな、その当時満たされてなかった欲求がもしかすると出てしまってたのかもなと思ってて、本当に申し訳ないことしたなとすごく思っています。2社のお世話になったみなさんには。で、結果私、R社に内定承諾書いただいた時に内定式に行った時に、本当に私バカで、5年目の秋に2単位を登録するのをミスっていて、ゼミだけで登録してたら単位足りなくて留年になったんです。で、そういうの厳しい会社なので一旦取り消しだよってなって、どうする?受け直す?となった。で、もう一回振り出しに戻ったのが3周目のスタートですね。」
坂東:「なるほど!」
山下さん:「で、全てなくなった、今まで2年間の努力が無になったタイミングで」
坂東:「手放されちゃったわけね。」
山下さん:「そうです。その時に思ったのがあぁ、ゼロからやろうと思って、何か分からないんですけど、気持ちが軽くなったんですよね。すごい失礼な話なんですけど。一旦ゼロに戻ったから、そもそも考え直そうと思ったんです。その当時、色んな活動もそれまでしてきてある程度、自分がどこの会社に受からない訳でもないなとすごく思っていたところがありました。だから急いで就活をせずに時間をかけて自分の内面と向き合おうと思ったのが就活の3周目でございます。」
坂東:「スタートアップのインターンやってたりしながら」
山下さん:「懐かしいですね。」
坂東:「で、何で今は札幌にいるんだろう、という話よね。」
山下さん:「まだフェイスブックとかでも報告してないので」
坂東:「大半の人がそう思っているでしょ」
山下さん:「すごい言われました。でも何かお前っぽいわみたいに言われました。結論からいうと今札幌でニュークラブを経営している会社で働いています。ニュークラブってキャバクラなんですよ。キャバクラの運営会社で今働いているんですよね。」
坂東:「ススキノでキャバクラを何店舗かやってる会社」
山下さん:「4店舗です。新卒で今営業部長という役割をいただいています。」
坂東:「キャバクラでホステス、接客はしてるわけじゃない?」
山下さん:「違います。」
坂東:「僕は採用関連の仕事はしてきたけどキャバクラの会社が新卒採用やってることも珍しいし。」
山下さん:「全国でうちだけですね。そもそも週休2日制とか社保が整ってない会社ばかりなので、新卒採用するってなるとそういうのがベースで必要じゃないですか。媒体に売っていくにも。そこの整備が全て整っていて新卒採用しているのはうちだけですね。」
坂東:「何でそうなったの?」
山下さん:「そうなんですよ。1周回ってフラットに考えるタイミングで大きく2つきっかけがあったんです。1つ目は中洲でホステスに本気でコミットをしたという経験。」
坂東:「やまはるちゃん自身が?中洲っていうのは福岡の繁華街ですよね。歌舞伎町や六本木。」
山下さん:「さようでございます。元ホステスでございます。笑。2つ目が、ミスコンで日本5位にならせていただいた。」
坂東:「5位!」
山下さん:「1つ目の中洲の話からさせてもらうと、私、大学1年生からホステスをずっとしててトータル4年半くらいアメリカいる時以外ずっとやってたんです。大学生活の学歴コンプレックスが強かった時に自己投資をすると決めていて、いかに給料が安かろうとスタートアップでインターンを続けたりしてた。昼間の時間は完全に自己成長にコミットして、いかにビジネススキル・経験に投資するかの代わりに、もともと北九州なのでずっと小倉のかじまちっていうところと中洲でホステスをやっていて、ホステス自体が長かったんですよ。ただ最後の1年本気でコミットするまでは全然お客さんも呼ばないし、時給3000円もらえてたら幸せっすわ〜みたいな。待機でいいから寝させてくれっていうホステスを3年半していて、意識めちゃくちゃ低い系。いる間は目の前のお客様をいかに気持ちよくするかにコミットするんですが、営業を一切しない。時間外の努力をしない。で、最後の1年間は色んなことがあって、本気で頑張ってみたいなと思ったんですよね。ちょうど色んなきっかけが重なって。で、本気で頑張るとめちゃめちゃ楽しくて。」
坂東:「それまでは楽しくなかった?」
山下さん:「お店にいる時間は楽しかったけど、同時に苦しいこともあって、ホステスをしているからっていう見られ方をしたり、周りで働いているホステスさんも私なんてこういうことくらいしかできないしさとか言ってたりして、すごく苦だし、社会が負だなぁって思ってたんですよ。すごく私も苦しかったし、やってたことを誰にも言えなかった。でも、最後の1年間頑張っていく中ですごく素敵なママに会って、その方がご自身本当に若い時にお子さん妊娠されて自分1人でお子さんを育てていかなきゃいけない中ですごく大変な思いをされながら、でもホステスのお仕事になったからちゃんとお子さんも育てることができたし、ご自身もいい生活をできた。かつ、その方のお客様が素敵で、みなさんいやー、ママに会うために仕事頑張ってるよってみんな言っている。ママは本当に俺のことを支えてくれてありがとうね。頑張れたのはママのおかげだよみたいな。すごいお客様がいっぱいいらっしゃってそれを見た瞬間に、あ、私がずっと負だなとか苦しいなと思ってたこの業界、この仕事って捉え方次第で全然変わるんだなって思ったんです。」
坂東:「それがコミットしようと思ったきっかけ?」
山下さん:「それはコミットし始めてからですね。この仕事すごく素敵だなと思い始めた。で、価値があるなと思ったのはどんな女性でも、学歴があろうとなかろうと、生まれがいかようであろうと育ちがいかようであろうと女性が頑張ると決めて頑張る中で、自分にとっての理想の人生を築いていける仕事で素晴らしいなと思った。お客様たちが日頃ハイプレッシャーにさらされてすごく大変な思いをされながら頑張っている中で、フラットに女の子達が褒めてくれて明日も頑張ろうって思えて、昼間頑張って報告しに戻ってくれるみたいなそのプロセスを体現する場所はすごく素敵だなと思った。ママすごいなと思って私もそういう風に働いてみたらそういうお客様が増えたし、私自身人として成長できたなというのがあった。そのタイミングでこの仕事って素晴らしい価値を秘めてるなと思ったんです。でも、就職しようとは思っていなかったんですけど、2つ目のきっかけがミスコン。去年、土屋太鳳ちゃんのお姉ちゃんの炎伽ちゃんと同じ大会にミス大分として出て、最後決勝上がって手を掴んでおめでとう!っていうのは私なんですけど。」
坂東:「お姉さんが1位、で5位!、すごいじゃん!」
山下さん「けっこう頑張りました。その大会の時にビューティーキャンプっていうのが事前にあって、ステージに立つってよくて、多くを語れるわけではないんですけど、ステージ上に立つと自分のすべてを見透かされる感じを感じる。だから自分の中に揺るぎない芯みたいなものがいる。ちゃんと自分はこういう人間なんだっていう軸があるかどうか、こういう人生を生きていきたいんだという芯があるかどうか。ステージのパフォーマンスを通して露呈するんですよね。」
坂東:「じゃぁ、他の人も出てくる。炎伽ちゃんはすごかった?」
山下さん:「素敵でしたね。ステージ以外のところも含めて本当に24時間気を抜かない方だなってすごく思ってて、内面がすごく綺麗な方だし、人のことを思える方だし、私は彼女はクイーンになるべくしてなったなってすごく思いました。私自身、自信の無さが露呈する大会なので、自分の人生を見つめ直すんですよね。私は色んなことがあったけど、結局これから先どう生きていきたいんだろうとか、どんな人でありたいんだろうとか、どんなことを成したいんだろうという色んなことを考えていく中で、結果、一周回って辿り着いたのが、水商売にきた。その時にはありがたいことに色んな方から愛情とか言葉をいただいて、あまり人目を気にしなくなってて、人目を気にしなくなって、ふと自分の人生に捉え直した時に嫌いだったけど、一番価値があるなって感じているのも、この仕事だなって思った。」
坂東:「嫌いだった?」
山下さん:「嫌いでした。大学1年生の時とか、女使って稼げるなんて当たり前だろって思ってた。一番最初は偏見ないタイプだったのでコミュニケーションを極めたいっていう観点から始めた。もともとアパレルをしてて、売り上げあげられるようになって、女性ってこういう風にしたら心が動くんだなというのを少しずつ体得してきた時にあとは男性だなと思って、年齢層が幅広い男性とどうコミュニケーションとるかとかどう好いてもらうかが分かると人生コミュニケーションで困らないなと思って始めたんですけど、結果、始めてみると周りの人からの見られ方が嫌で。私はこんなところで終わる女じゃないって思ってたんです。私は対等なフィールドであなたたちに勝つみたいな。女使って勝負するなんて負けだって正直思ってました。この仕事のことも嫌いだったし、それをしている私も嫌いだったんですよね。自己嫌悪がすごくて。」
後編に続く