ヒエラルキーはないのに、社歴の長さが、権力の集中を生む事実。
武井さん(以下敬称略):関戸のインタビューはどうでしたか?
坂東:ダンサー視点でいろいろ話してくれましたよ。会社が一段上のフェーズに行くために、チームの在り方を変えていくという話とか、おもしろかったです。
武井:組織も30人を超えると「誰が今何をしているのか」「組織に何が不足しているのか」が見えなくなっちゃうんですよね。チーム作りの施策に試行錯誤する中で、僕がたまたま『株式会社ゆめみ』さんの記事を見かけて「こんな会社があるよ」って関戸に紹介したら、すぐに社長にアポとって会いに行った。で、持って帰ってきた話がすごく良くて。
坂東:チームの再定義の話ですよね。親チームと子チームがあり、そこに“コミッター(チームにコミットする人)”と“コントリビューター(コミッターを支えるメンバー)”を置くという。※
武井:「親チームは子チームのコミッターを兼任できない」というルールを聞いたときに「それだ!」って思ったんですよ。うちの会社は今まで、能力が高い人や社歴が長い人にコミッターの役割が集中してしまって、その領域が広くなりすぎていた。
坂東:上司・部下の関係はないはずなのに、実質それに近い状態になってしまう?
武井:そうですね。意図せず関係性が固定化されてしまうので。その上下関係を、仕組みで強制的に“剥がして”いこう、と。
坂東:なるほど。
武井:優秀な人や社歴が長い人は、頑張ればできてしまう。でもそれが、組織の進化を遅らせる原因になっていた。優秀な人に集中していたコミットの領域をルールで剥がせば、それが分散されて、社歴が短い人でもコミットできる領域が生まれるのかな、と。全員が会社のことを自分事化できる人が増えるイメージがすぐ浮かんだんですよね。
坂東:社歴も影響するんですね。
武井:僕は会社を、権力ではなく影響力で動かすことが理想形だと思っているんです。権力はヒエラルキーを無くすことで無力化できたんですが、社歴が長い人と短い人とで、影響力に偏りが出てしまったんです。両者に能力の差は無くても、立場の差が出てしまって。
坂東:立場の差とは?
武井:『居心地の良さ』ですね、会社の居心地が良い人は自ずと影響力も強くなるんですよ。
坂東:あ~、なるほど。
武井:例えば会議でも、年齢が高い人と低い人がいると、やっぱりお互い気を遣って年齢が高い人がよくしゃべる。社歴が長い人と短い人なら、長い人。極端なことを言えば見た目が良い人と悪い人だったら、見た目が良い人の方が居心地は良いし、影響力も大きくなる。
そうして膨らんだ影響力って必ずしも良い方に働くわけじゃなくて。
坂東:確かにそうですね。
武井:社歴による居心地の良さの偏りを無くすために、色々工夫もしてきたんですよ。会議をブレスト中心にするとか。それでも、偏りはゼロにはならなくて。どうにかできないかと思っていたときに、コミッターを上下(親チームと小チーム)で兼務しないというルールがしっくりきた。
坂東:横はいいけど、上下はできない、と。
武井:そう。それがまさに、社歴による居心地の良さの偏りを完璧にキャンセルしてくれると感じたんです。
坂東:なるほどなあ!たとえば、これまでは関戸さんみたいな社歴が長く影響力が大きい人が、親チームと子チームのコミッターを兼務しているような感じだったんですか?
武井:意図せずそうなっていましたね。不動産業界って専門知識が求められるので、ある程度経験がないと判断できないことも多かったんです。
坂東:たしかに、それはそうなっちゃいますよね。
自由すぎる組織は、逆に、不自由かもしれない。
武井:不具合が起きたときに、怒りの感情が個人に向いちゃう人間の特質の話をしましょう。
『スラムダンク勝利学』という本を書いたスポーツ心理ドクターの辻秀一さんという方がいて。僕、研修を受けたんですけど、それがメチャクチャおもしろくて。
人間の感情って喜怒哀楽とかいろいろありそうに見えますが、実は軸って1本しかないんです。「良い」か「悪い」か、それだけ。で、無意識から湧いてくる悪い感情のことをシャドー(影)と呼ぶんですが、それを必ず誰かに投影するんです。問題が起きたとき、その問題にムカつくんじゃなく「問題はなぜ起こったんだ?」→「こいつのせいだ!ムカつく!」っていう風に、人に向いちゃうんですよ。
坂東:ああ、確かにそうかもしれません。
武井:一方で僕の考え方は『構造構成主義』。問題は人にあるのではなく、人と人との間にあると捉える。でも、これがなかなか難しくて。うちの会社でも、感情の矛先が人に向いてしまうことが多々あった。
坂東:どうすればその課題は解決できるんでしょうか?
武井:自然経営で一番こだわっているのが、組織の『透明性』『流動性』『開放性』を高めること。情報をフルオープンにすれば『透明性』は高まるし、肩書を剥がして権力の集中を無くせば『流動性』は高められる。あと残るのは『開放性』ですが、人間関係を自由に行き来できるように組織をデザインすれば、そこも高められると思っていて。
坂東:人間関係を自由に行き来できる、とは?
武井:人と人との関係性って、情報でつながっているんです。あの『テンセグリティ』で説明してもいいですか?テンセグリティっていうのは、『Tension=張力』と『Integrity=統合』の造語なんですが、この多面体の角にいるのが人間だとしたら、角と角のつながりが人間関係。緩みすぎてもピンと張りすぎても良くない。
坂東:テンションがかかりすぎても良くない、と。
武井:そうですね。つながりが増えれば増えるほど、全体の緊張が取れて程良い状態になる。一方で、ヒエラルキー型の組織って上下がものすごい緊張関係にあるんですよ。
坂東:確かにそうですね。
武井:僕らは組織のテンセグリティを自然に作っていこうとしていました。でも、事業が複数に分かれてくると、それぞれ進み具合や成長の度合いが異なるので、局所的に緊張関係が出てきてしまったんですよね。
坂東:『ゆめみ』さんのやり方なら、それを解決できると?
武井:そうじゃないかなと感じています。あのやり方だと、事業部やチームが重なり合ってつながっていくので。
坂東:親チームのコミッターが、別のチームのコントリビューターになったり?
武井:それもありますし、「今ここが足りないから誰か手伝ってくれない?」という声掛けがしやすくなる。何か不具合が起きたとき、それを誰かのせいにするのではなく、みんなで解決しようと思える。今までは組織が流動的過ぎて、誰が何をしているかがほぼ可視化されていなかった。自由すぎて「何してもいい」と言われても、逆に何もできなかったんです。
坂東:枠組みがあまりになさ過ぎたんですね。
武井:誰もが自由に振舞えるようにするには、ある程度の枠組みは必要だったんだと気が付きました。
坂東:そうなんですよね。制約やルールがあるからこそ、その中で自由になれるんですよね。なんでもいいよ、と言われると、逆に何をしていいか分からなくなってしまう。
組織の不具合は、社員全員の学習機会だと考える。
武井:こうやって組織について考えるとき、僕一人で施策を考えて実行しても意味が無いと思っていて。会社の中から自然と出てくるまで、焦らずに待っています。
坂東:焦らずに待つって、それがとても難しい!武井さんならではだと思いますよ。
武井:うちって、情報が透明だからこそ緊張関係が生まれちゃうこともあって。普通は新規事業チームを守るために、通常の事業から切り離して数字を見えないようにしたりするんですよ。周りも見えないから気にならない。一方でうちの組織にいるとあらゆる情報が全部見えちゃう。それは弊害とも言えるし、逆に学習の機会でもあると思うんです。
坂東:学習の機会、ですか?
武井:緊張関係が生まれたからこそ、今の組織構造をバージョンアップしないとね、という発想がみんなにも生まれてくる。そのバージョンアップがうまくいけば、会社の変化とか成長の経験値を全員で共有できる。これこそが、学習する組織なのかな、と。社長が全部用意してしまったらこうはならない。
坂東:確かにそうですよね。今後、ダイヤモンドメディアのように、プロジェクト型で会社運営をしたいという組織は増えると思うんですけど、その際に、どうやって会社としての一体感を持たせていくんでしょう?
武井:まずは何よりも情報の透明性ですね。会社全体のお金の流れが見えていないと、会社の痛みと自分の痛みもつながらないので。
坂東:関戸さんは、プロジェクト型になったことで会社としての一体感が薄れたという話をされていたのですが。
武井:各プロジェクトが分離していたからだと思います。それを今、重ね合わせていこうとしているところ。先ほどの『組織の開放性』の話ですね。これまでは各事業が分離していたので、人間同士の行き来が無かった。ゆるく重ね合わせることで、隣の事業部のことも自分事化しやすくなるかな、と。
坂東:プロジェクトとして自立するということと、会社の中でお互いが重なり合う部分をつくるというバランスですね。
武井:あとは『自己決定=セルフデシジョン』というのも重要な要素ですね。スポーツなんかで、極度に集中力が高まった状態をゾーンとかフロー状態とか言いますが、人って自己決定できる状況下にいないと、そうはならないと言われています。コミッターやコントリビューターという風にロールを分けることで、社歴が浅い人でもチャレンジングな決定ができるようになるんじゃないかなと期待しています。
坂東:自己決定はすごく大事なキーワードですよね。よくわかりました。
※ゆめみの組織構造